授業さぼり麻雀三昧、「神の手」外科医の浦高時代天野篤・順天堂大学医学部付属順天堂医院院長が語る(上)

天皇陛下の心臓冠動脈バイパス手術の執刀医として知られる、順天堂大学医学部付属順天堂医院の天野篤院長(61)。年間400件もの手術を成功させるその腕は、「ゴッドハンド(神の手)」とも称される。天野氏が自らの原点と語るのが、高い東京大学合格実績を誇る母校の埼玉県立浦和高校(浦高)だ。スーパードクターは浦高で何を得たのか。

浦高は自由放任主義だった。

浦高出身者には、異色の存在というか、個性派が多いですね。代表は、ミュージシャンのタケカワユキヒデさんや元外務官僚の佐藤優さん。宇宙飛行士の若田光一さんも浦高ですが、彼は異色というよりは、すごく優秀なタイプだと思います。私自身は、かなり異色でした。今でも周りから変わり者と言われます。

浦高からなぜ変わり者が生まれるかというと、放任主義がかなり影響していると思います。例えば、先生の中には、世間話に終始したり、自分の書いた本を延々と宣伝したりと、授業中、脱線する先生が何人もいました。こいつらは放っておいても、そこそこいい大学に行けるだろうから、ゴリゴリやる必要はないだろうと先生たちは思っていたのかもしれません。

先生も先生なら、生徒も生徒で、先生の話などそっちのけで、好き勝手なことをしたり寝ていたりする生徒もたくさんいました。私自身もそうでしたが、授業をさぼる生徒も結構いました。出席をとらないので、いなくてもわからない。今の大学よりはるかに自由でしたね。

受験を控えた高3になっても相変わらずそんな感じで、家で受験勉強するために早退する生徒もいましたし、授業が自習になると、私などはよく友達と校庭でサッカーやラグビーをして遊んでいました。授業に出る生徒は、真面目というよりは、受験勉強に余裕があって、暇だから授業に来たという感じでした。

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