海から離れても水族館の魚は大丈夫なの?
スーちゃん このあいだ、学校の友達と水族館に行ってきたよ。ペンギンやたくさんの魚がいて、すごくかわいかった。でも不思議だな。海から遠いのに、海の魚が元気に泳いでいたよ。水族館が街の中にあっても生き物は大丈夫なのかな。
「人工海水」を大量生産しているんだよ
森羅万象博士より海岸が長い日本にはたくさんの水族館があるけど、多くは海沿いに建っているね。毎日、いっぱいの海水を使う必要があるからだよ。大きな水そうを満杯(まんぱい)にしなくちゃいけない。魚のふんやエサの食べ残しで汚れるから、新しい水に入れ替(か)えないと病気になってしまう。遠くからたくさんの海水を運ぶにはお金がかかるから、今までは海の近くに建てるのが普通だったんだ。
だけど、科学技術が進歩して海から離れた所にも水族館を開けるようになったよ。たとえば東京スカイツリータウンにある「すみだ水族館」は、周りをたくさんのマンションが囲んでいる。他にも京都市にある「京都水族館」は京都駅のすぐ近くだよ。
街の中で海水を用意できるひみつは「人工海水」にあるよ。水族館で海水を作れるようになったんだ。わざわざ海から運ぶ手間がなくなったよ。
本物の海水が何でできているか知っているかな。海水をなめるとしょっぱいよね。それは水の中に約3.4%の塩分が含まれているからだ。
塩分というと、食事のときに使う「塩(塩化ナトリウム)」が有名だよ。「塩素」や「ナトリウム」からできている。だけど、海水の塩分には、ほかにも、魚が生きるのに必要な「マグネシウム」や「カリウム」といったミネラルが含まれているんだ。
では、人工海水はどのように作るのだろう。しくみは意外と簡単だ。本物の海水に入っている成分を粉末にした「人工海水のもと」と、ふつうの水を専用の装置で混ぜ合わせるだけだ。すみだ水族館では、1日に7トンの人工海水を作るんだって。作業は1日あたり、わずか30分ほどで済むんだ。
いろいろな種類のミネラルを混ぜるのは海を泳ぐ魚の海水だけだ。ペンギンなどの水そうには、塩化ナトリウムだけを混ぜた別の人工海水を使うよ。
人工海水を一度に大量に作れるようになったから、街の中にも水族館ができたんだね。
ふんや食べ残しを除いてきれいにしているよ
でも、せっかく作った人工海水も時間がたつと汚れてしまう。魚たちの体にも悪いし、水族館で嫌(いや)なにおいがしたり水がにごったりすると楽しめない。そこで、水そうの中の人工海水をきれいにして再利用するシステムが活躍しているんだ。
魚のふんや食べ残したエサで汚れが強くなると「アンモニア」と呼ぶ物質が増えてしまう。アンモニアを使った実験はもう学校でやったかな。とても強いにおいがして体に毒なんだよ。 そこで、水に溶けたアンモニアを取り除くために水族館では大きく3つのシステムを使って水をきれいにしているよ。
まずはふんやエサなどアンモニアのもとになる大きなごみを泡にくっつけて取り除く。その次にアンモニアを微生物に食べてもらって「しょう酸」という毒性が弱い物質に変えるよ。
最後に別の微生物を使って、しょう酸を毒がないガスに変えてしまう。水からガスを追い出し、きれいになった水を再利用しているんだよ。
人工海水をきれいにして水そうに戻したり設備を洗う水に使ったりすれば、人工海水を作る量も減って一石二鳥(いっせきにちょう)だ。
ふつうの水族館では、水そうなどに使う海水の10%にあたる量を毎日追加しているそうだよ。海から運ぶには1トンあたりで5000円ほどのお金がかかるらしい。水族館は大きな水そうが多いから大変だね。
京都水族館は水そうを満杯にすると3000トン、すみだ水族館の場合は700トンの水を使う。海水を運ぶだけでも大変だし、入れ替えが必要だからもっとお金がかかるね。
だけど人工海水を作って水を再利用するシステムを使えば、1日に新しく必要な海水が全体の1%で済むんだ。これまでの10分の1だよ。
すみだ水族館や京都水族館は、天然の海水をまったく使っていないんだって。すべて人工海水に切り替えた結果、海から遠い場所でも魚が泳ぐ姿を見ることができるようになったんだね。
海水魚と淡水魚 水槽に「同居」
博士からひとこと世の中の魚は、マグロのように海で暮らす「海水魚」と、フナやコイのように川や池にすむ「淡水魚」に大別できる。いずれも体の中の塩分濃度は同じくらいだ。海水魚は、海水の塩分を体内に取り込みすぎないようにするしくみがある。
海水魚と淡水魚を同じ水槽で同居させる技術を岡山理科大学のチームが開発している。水槽の水は、海水が含むナトリウムやカリウムといった一部の成分を普通の水に溶かしてある。海水でも淡水でもないこの「好適環境水」と呼ぶ水で、海水魚も淡水魚も一つの水槽で飼育できるようになった。
人工の水で魚を育てる技術が進歩すると、陸上で養殖できる魚の種類が増える。台風で海上の設備が流されたり、海洋汚染で病気になったりする恐れが低くなる。技術がさらに発展すれば、水槽がいくつも並んだ工場のような施設で、たくさんの魚を育てる日がくるかもしれない。
(取材協力=加藤尚行・大成建設水族館プロジェクト室長)
[日本経済新聞夕刊2017年5月13日付]
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