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ふじのくに演劇祭 非寛容・排外主義の流れに一石

2017/5/18

SPACの「アンティゴネ」は日本庭園の池のような舞台で演じられる=HIRAO Masashi撮影

 不安定さを増す世界情勢に舞台芸術はどう向き合うか。連休期間中(4月28日から5月7日まで)に静岡市で開かれた「ふじのくに せかい演劇祭」で、見て感じて考える演劇と出合った。2000年から春に国際芸術祭を開きつづける演劇都市、静岡の存在感は年々高まってきた。海外の舞台の最前線を体験できる貴重な場となっているのだ。

 5月4日、快晴の駿府城公園では「肉フェス」が開かれ、家族連れでにぎわっていた。夕方、紅葉山庭園前広場に人垣ができる。特設ステージで上演されるギリシャ悲劇「アンティゴネ」の初日に集まった観客たちで、東京から訪れた評論家やプロデューサーの姿が目につく。7月に世界最大ともいわれる仏アヴィニョン演劇祭オープニングで上演される演目のお披露目でもあり、注目度は高い。

 舞台にはなんと水が。岩が配置された光景は日本庭園の池のようだ。岩の上には白装束の人間たちが立ち、背後のスクリーンに大きな影を映す。流れる水の気配、光と影、浄瑠璃を思わせる語り。ギリシャ悲劇を東洋的な場に移しかえる演出だった。

「アンティゴネ」は影絵の手法を用いる=HIRAO Masashi撮影

 上演したのは演劇祭を主催する静岡県舞台芸術センター(SPAC)の専属劇団。演出した宮城聡は1990年に旗揚げした演劇集団ク・ナウカで、演技と語りを分けて人形浄瑠璃のように古典劇を上演する試みをつづけてきた。2007年にSPACの芸術総監督に就任してからその方法を深め、バリ風の音楽を基調とする演奏(棚川寛子音楽)も磨いて国際的に高い評価を受けるにいたっている。

 アヴィニョンでは3年前に伝説的な野外上演の場である石切り場でインドの古代叙事詩「マハーバーラタ」を上演し、喝采を受けた。その成功を受け、演劇祭で最も注目されるオープニング公演に欧州圏以外から初めて招かれることになった。宮城が選んだのが、これまでも手がけたことのあるソポクレスの名作「アンティゴネ」であった。

 アンティゴネはテーバイの王女で、父はオイディプス、母はイオカステである。オイディプスは父を殺し、母と交わった過去の秘密を知って目をつぶす古代ギリシャの神話的人物として有名だ。その破滅後、王位を継ぐべきアンティゴネの兄ふたりが争い、共倒れになる。王クレオン(イオカステの弟)は反逆者側とみた方の兄については埋葬を禁じる。だが、アンティゴネは市民たちの前で敢然と埋葬の儀礼をした。アンティゴネは死刑宣告され、婚約者だったクレオンの息子も自殺する。

 肉親の兄を埋葬していけないのか。人間の感情と政治の非情を対置する戯曲は現代に通じる鋭い問題提起を含んでいる。実際、アヌイやコクトーといったフランスの作家が現代化に取り組んでいる。宮城はこれに新たな視点を盛りこむ。息子の死の衝撃をフォルティッシモの語りで強調し、そのあと無言の盆踊りでしめくくる。弧を描きながら、白装束の人たちが水の中をしずしずと進む。手の動きは盆踊りなのだが、厳粛な葬列、野辺の送りのようでもある。灯籠流しが行われ、船に乗ったインド風の僧が鎮魂の姿態をみせる。これほど鎮魂の空気に満ちた現代演劇はなかなかない。静寂の深い儀式的演劇だ。

 戦ったとはいえ同じ兄、敵も味方もない。アンティゴネの魂の叫びを東洋的な祈りの空間に移しかえる演出だった。宮城が記者会見やホームページでくりかえし説いてきた「没したる者、みな、仏」というメッセージが込められた幕切れであった。日本では敵も手厚く葬るのが戦場の儀礼だったといわれるが、背景にある仏教的観念は明らかに一神教的世界とは異質だ。正義と悪に人間を分け、非寛容な紛争やテロ、排外主義に突き進むかにみえる現在の世界に対する、静かだが強固な訴えといえるだろう。

 アヴィニョンといえば、一時期ローマ法王が本拠とした歴史的都市であり、この「アンティゴネ」はまさにその法王庁中庭で上演される。要塞のような巨大な壁面は宗教をめぐる争いの根深さを象徴するが、そこに大きな影を映し出すもくろみはどう受けとめられるだろうか。阿部一徳の語り、美加理のものいわぬアンティゴネの悲嘆に力があったが、影絵のダイナミズムや夢幻劇の流麗な感覚などはさらに練り上げたい。

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