ふじのくに演劇祭 非寛容・排外主義の流れに一石

「ダマスカス」の観劇前、演出のオマル・アブーサアダにインタビューした。

――シリアの演劇状況は?

「ダマスカス」の演出家、オマル・アブーサアダ氏は今もシリアにとどまる

ダマスカスでは演劇も他の芸術も活況を見せているが、体制をたたえるプロパガンダ的な内容だ。表現の自由はなく、検閲も厳しい。我々はシリア国内ではまったく作っていないし、今回のメンバーのうち何人かは帰国することもできない。公演は海外で行っている。この作品はシリアでは上演できない。

革命(アラブの春)のあった2011年ごろ、民主化の活動をした者たちは命を落としたり、亡命したりしている。今はじっとたえている。天安門事件のあとの中国に状況が少し似ているかもしれない。

――演出意図は。

生きても死んでもいない、昏睡(こんすい)状態というのはシリアの現実を示す寓意(ぐうい)だ。自分の手法は言葉を基礎にしている。現実の複数の事件がミックスし、イメージの形で示すことでリアルな光景を見せる演劇ができる。それを海外で、世界の人々に伝えたい。

――なぜ国内にとどまるのか。

シリアで起きている現実を目撃するためだ。自分が危険にさらされることで自分の言葉に責任をとることができる。家族はエジプトにいて、自分は国内、国外半々という生活をしている。次作はベルリンのフォルクスビューネという劇場でシリア難民に出演してもらって、ギリシャ悲劇を上演する。

寛容か非寛容か、忍耐か挑発か、壁を作るのか作らないのか。第2次大戦後に人類が目指した理想に崩壊の兆しがあり、修羅の相が現れ始めている。そんな世界にあって、演劇祭の意義も問い直されている。欧州の芸術祭には、戦乱を反省する大戦後の決意が込められているから、なおさらだ。

ひるがえって日本では芸術祭の効果を経済への波及度、観光資源としての意義などから語るきらいがある。それも大切な要素なのだが、心への効果こそが最初に論じられねばならない。戦争の危険を一気に高めるのは、経済ではなく人間の心の急変だから。

さて今年の「ふじのくに せかい演劇祭」ではほかに、ドイツのニコラス・シュテーマン演出の「ウェルテル!」、フランスのジゼル・ヴィエンヌ構成・演出の人形劇「腹話術師たち、口角泡を飛ばす」、イタリアのピッポ・デルボーノ構成・演出・出演の「六月物語」が来演した。日本からはタニノクロウ演出の「MOON」、野平一郎音楽監督、宮城聡演出のオペラ「1940-リヒャルト・シュトラウスの家」が上演された。

(編集委員 内田洋一)

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