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世界でもトップクラスの教授陣を誇るビジネススクールの米スタンフォード大学経営大学院。この連載では、その教授たちが今何を考え、どんな教育を実践しているのか、インタビューシリーズでお届けする。今回はビジネス交渉術を教えるマーガレット・ニール教授の5回目、最終回だ。

休暇を申請したら、上司から却下された。長時間労働をアピールして昇給を願い出たが、失敗した。こんな経験をしたことがある人は多いだろう。それもこれも、申請するだけで交渉しないからだという。もっと賢く出世していくための交渉術とは?(聞き手は作家・コンサルタントの佐藤智恵氏)

スタンフォード大学経営大学院 マーガレット・ニール氏 (c)Nancy Rothstein

スタンフォード大学経営大学院 マーガレット・ニール氏 (c)Nancy Rothstein

交渉を避ける日本人

佐藤:ニール教授は「アジア系エグゼクティブ向け上級リーダーシッププログラム」で交渉術を教えています。授業では、どんな演習をしますか。

ニール:受講者は、採用する側、採用される側に分かれて、採用条件を交渉します。私は彼らの発言やジェスチャーを評価して、良かった点、悪かった点を指摘します。

佐藤:授業で日本人エグゼクティブはどんなところで失敗しますか。

ニール:日本人に限らず、アジア人エグゼクティブは、「要求の厳しい人だと見られたくない」とする傾向がありますね。だからできる限り交渉に持ち込まないようにします。ロールプレイ演習をやっても、積極的に採用条件を交渉しようとする人は少ないですね。

でもグローバル企業に採用されたい、そこで昇進したいと思えば、上司や会社と交渉しなくてはなりません。アジア人は一般社員としては優秀なのに、リーダーとしては優秀だとなかなか評価されないため、昇進するのに非常に苦労しています。それもこれも、彼らが交渉下手だからです。

アメリカ企業、特にIT企業の間で、アジア人は引く手あまたです。でも出世の階段をのぼっていくには、排他的で階層的な雰囲気の中で人一倍業績をあげて、注目される必要があります。上司が困っていたら、「私がその問題を解決しましょうか」と解決策を提案して、その成果をアピールして、昇進の交渉をする。これがアメリカ企業の文化なのですから、成功するために交渉術を学ぶのは不可欠なのです。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。

休暇の取得や昇給を交渉する

佐藤:日本企業では長時間労働や休日出勤が勤勉の象徴だと見なされていて、社員が有給休暇や長期休暇をとるのがいまだ難しい状況です。こうした日本人社員にアドバイスをいただけますか。

ニール:1つめは「休暇をとる」という1つの案件だけで交渉してはいけません。必ず複数の案件をそろえてから、パッケージで上司に提案してください。休暇をとらせていただいたら、これとこれをやります、休暇をとればこんな知識を会社に持ってかえります、といった具合に、できるだけ多くの案件を俎上(そじょう)にのせることです。

2つめは、「何を提案すれば私の上司は休暇の申請にイエスというだろうか」という問いに答えてから、交渉に臨んでください。あなたは実際、休日返上で働いているかもしれないけれど、上司からみたら、それはただ効率が悪いだけかもしれない。あなたが休暇をとれば、上司や会社はどんな得をするのか。そこを考えてみてください。

アメリカの大学にはサバティカル休暇という研究休暇制度があります。普段の活動から離れてリフレッシュし、別の大学などで新しいことを学び、戻ってから大学に還元するという仕組みです。同じように、社員が休暇をとることは会社にとって何らかのメリットがあるはずなのです。

佐藤:日本人は、昇給の交渉をする際、「これだけ時間外労働やサービス残業をしていますから、その分、給与に上乗せしてください」と主張することが多いですが、これは正しい交渉法でしょうか。

ニール:いいえ。これも1つの案件だけを俎上にのせて交渉していますね。あなたがサービス残業をして、上司は何のメリットがありますか。

佐藤:部下を効率的に働かせていない上司とみられて、上司としての査定は低くなりますね。

ニール:そうです。部下が長時間働くことは、上司にとってむしろマイナスになるのです。上司は「部下の働いた時間」ではなく「部下の効率性」で、上司の上司に評価されるのです。

私の夫の話をしましょうか。かつて私の夫はコックでした。彼は1日10~12時間働いていましたが、給与は8時間分しか支払われていませんでした。そのことを不満に思った彼は、あるとき、料理長に「時間外手当を支払ってください」と交渉しにいきました。すると料理長から、「私ならあなたの今の仕事をきっちり8時間以内で終えられる。なぜ余分に支払う必要が?」と言われ、ぐうの音も出なかったそうです。

佐藤:昇給の交渉をするときは、いかに生産的に仕事をしていて、会社の売り上げに寄与しているかをアピールしなければいけないのですね。「これだけ長く働いています」はむしろマイナスになる、と。

ニール:そうです。相手がイエスという理由が見つからなければ、むやみに交渉しないでください。

感情をコントロールする

佐藤:日本人はあまり感情を表に出さないと言われていますが、交渉の場では、どのように感情をコントロールすればよいのでしょうか。

ニール:感情の出し方は、国や文化によって違いますから、相手がどこの国の人で、どんな文化の人かというのは事前にリサーチしておく必要がありますね。

佐藤:交渉の場で「怒る」のは、できるだけ控えるべきでしょうか。

ニール:そうとは限りません。交渉の場で、戦略的に怒る人もいますよ。そんなに腹が立っていないのに、有利に交渉をすすめるために、あえて怒る。これはれっきとした交渉術なのです。怒っているぞと見せかければ、相手は「これは本気だ。何か譲歩しなくては」と思うでしょう。

佐藤:私たち日本人は「怒ったらおしまいだ」と思ってしまいますが、欧米人は戦略的に怒りをコントロールしているのですね。

ニール:これはあまり知られていないかもしれませんが、怒りというのは、極めて楽観的な感情なのです。怒ったら何か状況が変わるかもしれない、と思うからこそ怒るわけでしょう。怒ったところで、前向きになったり、幸せな気分になったりするわけではありませんが、何かが変わる可能性があるからこそ、怒ることができる。そんな希望もなければ、怒ることさえできず、ただ悶々とするばかりです。

佐藤:でも怒ったら、交渉が戦闘になってしまいませんか。

ニール:あまりに激しく怒ると、もちろん戦闘になります。感情にまかせて怒ってしまうと、怒った瞬間は、スカッとするかもしれませんが、後から後悔すること必至です。ところが語気を強めるぐらいの小さな怒りは、自分のもっていきたい方向に相手を誘導するのに効果があるのです。

佐藤:有利に交渉をすすめるためには、どんな交渉でも、ちょっとだけ怒ってみればいいのでしょうか。

ニール:それは、相手によりけりですよ。上司と昇給の交渉をするときに、自分から怒りますか?

佐藤:怒らないですね。

ニール:私だって怒りませんよ。怒っていい相手と怒ってはいけない相手がいるのです。お店の店員に対しては怒ったふりをしてみることもありますが、上司に対しては怒ることはしません。そのかわりに、こんなふうに強く言うことはあります。「あなたを怒らせようとしているわけではありません。でも今から言うことを聞いてください。これは大学にとってとても重要なことです」と。すると真剣に聞いてくれます。

佐藤:なぜ店員に対しては怒ってもよくて、上司に対してはダメなんですか。

ニール:なぜなら店員との関係はその場で終わりでしょう。上司や夫や妻との関係はこれからも続くわけです。関係の継続性が違うのです。毎日顔を合わせる人と大げんかしたら、気まずい関係がずっと続きます。私ならぐっと我慢して、相手とともに問題解決しようと思いますね。そのほうが結果的にうまくいきますよ。

※ニール教授の略歴は第1回「『想定以上』の結果を得る交渉術 スタンフォード流」をご参照ください。

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