撮影終了は自己申告 19歳女優が語るVR映画の作り方
仮想現実(VR)を楽しめるゲーム機や端末が発表される中、5月1日、「日本初"泣けるVR"映画」と銘打った『交際記念日』が公開された。主な劇場となるのは複合カフェ。受付で視聴料金を払って、VR用ゴーグルを借りて鑑賞する。まるで映画の中にいるかのように周囲を360度見られるVR映画は、どのように作られるのか。映画に主演した女優の武田玲奈さんに話を聞いた。
撮影現場なのにスタッフがいない
主演の武田さんは、雑誌『non-no』専属モデルをつとめながら、5月から6月にかけて主演映画が2本続けて公開される、躍進中の19歳。まずは普通の映画とVRの撮影では何が違うのかを聞いてみた。
「VRの撮影は以前、淡路島の洲本市をアピールする観光ドラマで体験したことがありますが、映画の撮影は初めて。『泣ける』とうたわれているので自分にできるか不安でしたが、高校生のキラキラとした青春ドラマを演じられるということで、すごく楽しみでもありました。
撮影が普通の映画やドラマと違ったのは、まずカメラが無人で立っていること。VR映画は360度撮影できる特殊なカメラで撮るので、監督やカメラマンといったスタッフさんがカメラのまわりにいられないんです。どこにいても映り込んでしまうので。
だから本番が始まったら、基本的には相手役の西銘駿さんと2人きり。少し不思議な感じでしたけど、ほかに誰もいないほうが、私はむしろやりやすかったです」
映像は無線で飛ばして別室で確認
映画『交際記念日』は、彼女以外にも、AKB48とジャニーズJr.の全面共演で話題になったドラマ&映画『私立バカレア高校』などでメガホンをとってきた窪田崇監督を起用するなど、スタッフ、キャストに一線で活躍する才能をそろえたのも特徴だ。しかし、百戦錬磨のスタッフにとっても、VR映画作りは大変だったようだ。
「360度撮影するので、ごまかしがきかない。普通の実写映画だと、画面に映る部分だけ、セットの作り込みをするのですが、VRは全方向を作り込まないといけない」と苦労を語るのはVR映画初挑戦の窪田監督。
360度すべてが記録されるVR映画の場合、撮影中、スタッフはどこにいたのか。今回の映画は学校が主な舞台になっているが、「教室のシーンは教室の外にいた」と窪田監督が教えてくれた。Wi-Fiで映像を飛ばせるので、教室や体育館の外ならモニターで見られるそうだ。
大変だったのは校庭のシーン。「スタッフが映り込まない場所に移動すると、遠すぎて無線も届かない。だから武田さんと西銘くんに勝手に始めてもらいました。こちらでは、いつ演技が終わったのかもわからないから、カットもかけられず。いつまでもカットがかからず、2人は気まずかったでしょうね」と窪田監督は笑う。実際にはどうだったのだろうか。
演技を終えたら監督に「終わりました」
「確かに校庭のシーンは、お芝居が終わってもカットがかからなかったので、西銘さんと『……あれ?』みたいな話をしていたんです。結局、監督のもとまで歩いていって、『終わりました』と言いました(笑)。
VR撮影は、カメラに向かってお芝居をすることも多かったです。その時、広角レンズで撮っているので、自分が思っているより遠くに映って見える。だから『こんなに近寄っていいの?』っていうくらい、カメラに近寄ってお芝居をするんです。少し不思議な気持ちでした。
ほかにも、死角になる場所があるので、そこに入らないように動かなきゃいけなかったり、長いセリフや動きを一連で覚えなきゃいけなかったりとか、大変なことも多かった気がします」
◇ ◇ ◇
長いセリフや動きを覚えなくてはいけないのには、VR映画ならではの事情がある。360度が見渡せるVR映画の場合、普通の映画と同じようにはカット割りができないのだ。「ワンシーン・ワンカットに近い感じで、役者さんにはシーンを通して演技をしてもらう必要がありました」(窪田監督)
VRと親和性の高い複合カフェ
『交際記念日』は、街中の複合カフェでVRを体験できる「VRシアター」の1周年記念作品として企画された。利用者は受付で600円の視聴料金を払い、ヘッドセットの「Gear VR」を借りて作品を鑑賞する。VRシアターはショッピングモールなどにも設置されているが、運営を手掛けるインターピア店舗ソリューション事業部の篠崎文剛氏によると「約9割が複合カフェ」だという。
「複合カフェは半分個室ですので、他人の目を気にせず落ち着いて見られますし、もともとネット環境があるので、VR視聴との親和性が高いんです」(篠崎氏)
インターピアによるとVRシアターで人気の作品は「攻殻機動隊 新劇場版 Virtual Reality Diver」や「進撃の巨人展 360°体感シアター"哮"」など。すでに人気があるアクション作をVR化したものが多い。『交際記念日』がオリジナルで、しかも"泣けるVR"をめざしたのはなぜか?
プロデュースだけでなく、脚本も手がけた電通出版ビジネス・プロデュース局、田中渉氏は「これまでVRに多かった、スリルを楽しむようなホラーや、ジェットコースターなどのアトラクション系のコンテンツではなく、ドラマ性やストーリー性があって、その世界の中に自分がいるような感覚になれるものができないか」と考えたという。「どうせならそれを、これまでVRになかった、泣けるラブストーリーという正統派の物語の中で試してみたかった」
全身が見られるから体の隅々まで意識して
映画で観客は武田さんが演じる沙耶の恋人となり、学校内の思い出の場所を2人で回る。武田さんがお気に入りなのは「理科室やプールのシーン」だという。夜の理科室でプラネタリウムを見る場面では、隣を見ると沙耶が座っているし、視線を動かして教室の天井を見上げると彼女が語る星座が見えるというVR映画ならではの楽しみ方ができる。制服のまま水に飛び込んだ沙耶が話しかけてくるプールのシーンでは、視線を下げると水面下の素足が目に入る。まさに沙耶が自分の隣にいるような気持ちになる。演じた本人は、完成した映画を見て、どう感じたのだろう。
「完成した作品を見た時は、映画の空間に入れたような気がしました。私はその空間に撮影時、実際にいたので、ちょっと懐かしい気持ちになりましたね。
あと自分が目の前に近づいてきて、自分の顔と目が合うのはヘンな感じでした(笑)。そんなに近くで自分を見ることはないので、『しぐさとかクセとか、いろいろ直さなきゃ』と思ったり(笑)。VRは、いつも全身を見られる可能性がある。常に体の隅々まで意識して演技をしなきゃいけないと、改めて感じました」
VRは臨場感がすごくて、新しい
最後に撮影を終えた武田さんにどんな映画を見てみたいかを尋ねてみた。
「今回の撮影前に、福士蒼汰さんが主演されている『恋仲』のVRドラマや、ももクロ(ももいろクローバーZ)さんのライブVRなどを見ました。どれも本当にその場に自分がいる感じがして、臨場感がすごいし、新しい。こういうものが、これからどんどん増えていくのかなあと思ったりしました。
私がVRで見たいのは、魔法モノですね。『ハリー・ポッター』みたいに、魔法を使って空を飛んだりすると楽しそう(笑)。アニメもいいですね。好きなキャラクターが目の前で話しかけてきたら、どんな感覚になるんだろう……。
自分が出演するとしたら、アクションもやってみたいし、コメディーもやってみたい。ジャンルを問わず、これからもいろんなVR作品に挑戦してみたいです」
1997年生まれ、福島県出身。2015年、映画『暗殺教室』で女優デビュー。2016年から、「non-no」専属モデルを務める。主な出演ドラマに、劇場版も公開された『THE LAST COP/ラストコップ』『咲―Saki―』など。詩のボクシングをテーマにした主演映画『ポエトリーエンジェル』が5月20日に、Twitterのツイートから生まれた映画『パパのお弁当は世界一』が6月10日に公開される。
『交際記念日』
高校の卒業式を間近に控えた太一が、誰もいないはずの教室で、沙耶の姿を見る。ひそかに付き合い、理科室でプラネタリウムを見たり、プールに忍び込んだりしてきた2人。今年も、大切な記念日をともに過ごすはずだったが……。監督・窪田崇 脚本・田中渉×窪田崇 出演・武田玲奈、西銘駿、高杉瑞穂 全国の「VRシアター」で公開中。
(文 泊貴洋)
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