360度すべてが記録されるVR映画の場合、撮影中、スタッフはどこにいたのか。今回の映画は学校が主な舞台になっているが、「教室のシーンは教室の外にいた」と窪田監督が教えてくれた。Wi-Fiで映像を飛ばせるので、教室や体育館の外ならモニターで見られるそうだ。

このシーンでも、観客が首を回せば、体育館の別の場所を見ることができる。そのため、撮影スタッフは体育館の外に待機し、無線で飛ばした画像を確認していたという

大変だったのは校庭のシーン。「スタッフが映り込まない場所に移動すると、遠すぎて無線も届かない。だから武田さんと西銘くんに勝手に始めてもらいました。こちらでは、いつ演技が終わったのかもわからないから、カットもかけられず。いつまでもカットがかからず、2人は気まずかったでしょうね」と窪田監督は笑う。実際にはどうだったのだろうか。

演技を終えたら監督に「終わりました」

「確かに校庭のシーンは、お芝居が終わってもカットがかからなかったので、西銘さんと『……あれ?』みたいな話をしていたんです。結局、監督のもとまで歩いていって、『終わりました』と言いました(笑)。

VR撮影は、カメラに向かってお芝居をすることも多かったです。その時、広角レンズで撮っているので、自分が思っているより遠くに映って見える。だから『こんなに近寄っていいの?』っていうくらい、カメラに近寄ってお芝居をするんです。少し不思議な気持ちでした。

ほかにも、死角になる場所があるので、そこに入らないように動かなきゃいけなかったり、長いセリフや動きを一連で覚えなきゃいけなかったりとか、大変なことも多かった気がします」

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長いセリフや動きを覚えなくてはいけないのには、VR映画ならではの事情がある。360度が見渡せるVR映画の場合、普通の映画と同じようにはカット割りができないのだ。「ワンシーン・ワンカットに近い感じで、役者さんにはシーンを通して演技をしてもらう必要がありました」(窪田監督)

VRと親和性の高い複合カフェ

『交際記念日』は、街中の複合カフェでVRを体験できる「VRシアター」の1周年記念作品として企画された。利用者は受付で600円の視聴料金を払い、ヘッドセットの「Gear VR」を借りて作品を鑑賞する。VRシアターはショッピングモールなどにも設置されているが、運営を手掛けるインターピア店舗ソリューション事業部の篠崎文剛氏によると「約9割が複合カフェ」だという。

「複合カフェは半分個室ですので、他人の目を気にせず落ち着いて見られますし、もともとネット環境があるので、VR視聴との親和性が高いんです」(篠崎氏)

インターピアによるとVRシアターで人気の作品は「攻殻機動隊 新劇場版 Virtual Reality Diver」や「進撃の巨人展 360°体感シアター“哮“」など。すでに人気があるアクション作をVR化したものが多い。『交際記念日』がオリジナルで、しかも“泣けるVR”をめざしたのはなぜか?

プロデュースだけでなく、脚本も手がけた電通出版ビジネス・プロデュース局、田中渉氏は「これまでVRに多かった、スリルを楽しむようなホラーや、ジェットコースターなどのアトラクション系のコンテンツではなく、ドラマ性やストーリー性があって、その世界の中に自分がいるような感覚になれるものができないか」と考えたという。「どうせならそれを、これまでVRになかった、泣けるラブストーリーという正統派の物語の中で試してみたかった」

全身が見られるから体の隅々まで意識して

映画で観客は武田さんが演じる沙耶の恋人となり、学校内の思い出の場所を2人で回る。武田さんがお気に入りなのは「理科室やプールのシーン」だという。夜の理科室でプラネタリウムを見る場面では、隣を見ると沙耶が座っているし、視線を動かして教室の天井を見上げると彼女が語る星座が見えるというVR映画ならではの楽しみ方ができる。制服のまま水に飛び込んだ沙耶が話しかけてくるプールのシーンでは、視線を下げると水面下の素足が目に入る。まさに沙耶が自分の隣にいるような気持ちになる。演じた本人は、完成した映画を見て、どう感じたのだろう。

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VRは臨場感がすごくて、新しい