前回は、陸上のトラック競技におけるスタート装置の問題点、レーンによるピストルの音の聞こえ方の違いなどを解説した。
ピストルを用いる従来の方法は、ほかにも危険な火薬を使用すること、温度など環境の影響により不発が生じること、競技者への悪影響があること、計時ミスにもつながること、補助員のマンパワーが必要なことなど、不便なところが多々あった。

これらの問題の解決に、中心となって取り組んだのが「スターターの神様」佐々木吉蔵氏だった。その業績のすべてをお伝えしたいが、本コラムではテクノロジーの進化に伴ってエレクトロニクス機器の応用が拡大し、課題の解決につながった2つの例について紹介する。今回は「スタート合図装置」、次回は「不正スタート発見装置」を取り上げる。
1964年の東京五輪では、スタート合図に本物のピストルを使用した。グリップの下に、スタート地点の写真判定機器と連動させるためのコードを接続し、「ドン」から0.05秒遅らせて作動させるように設定してあった。
0.05秒というのは、どんなに反射神経が優れた競技者でも「ドン」を認識してから0.1秒以内に反応することはあり得ないという調査結果から得た時間であり、この遅延時間がルールで定められている。
スターターはスイッチ押す係り
その後、日本は世界でいち早く、電気を応用した電動連発式信号機の作製を試み、正式の競技会で使用するようになった。火薬を使用しない電子音を用いた装置も開発され、日本は1985年の神戸ユニバーシアード大会において採用した。
世界での初採用はこれよりもかなり遅れ、1995年にスウェーデンのイエーテボリで開催された世界陸上だった。現在も、小さい競技会などは火薬を使用しており、電子音と併用されている。
電動連発式信号機は、具体的にはピストルを信号機に置き換えたものといえる。一見ピストルに似ているが、ピストルのような形をしているだけで、スイッチにすぎない(以下「ピストル」と表現)。結局、スターターはスイッチを押す役割になったのだ。
電動連発式信号機の仕組みを簡単に説明しよう。ストロボ付きのメインピストルと、4台の信号機(サブピストル、1~4号機)を接続する。信号機1つで2レーンをカバーできるため、8レーンをカバーするには信号機が4つあればいい。
メインピストルが内蔵するスイッチによって、信号機内蔵のソレノイド(電磁力を用いて、電気エネルギーを機械的運動に変換する機能部品)に通電して同時に音が鳴る仕組みだ。信号機のうち、1号機にはフラッシュと判定・記録用のVTRを作動させるためのスイッチも付いていて、ソレノイドに連動している。
メインピストルの引き金(現在は押しボタン)を引くとスイッチがオンとなり、1号機ではソレノイドの動作によってフラッシュとVTRのスイッチがそれぞれオンになる。各信号機には、一定以上の力で叩くと爆発し、音を出す火薬が入れてある。一方、メインピストルには火薬は入れていない。
電子音を使うシステムでは、この火薬をスピーカーに変えただけで、システムに大きな違いはない。ただしコストが高く、設置が大規模になる。
信号機と競技者の距離一定に
信号機(1~4号機)の配置は、400m走や4×100mリレーの場合、下図のようになる。各競技者からは、最寄りの信号機からの距離が一定になる。
余談だが、曲走路において内側のラインは誰のテリトリーなのか。2レーンの内側のラインは、1レーンのものか、自分のものか。答えは、1レーンのものだ。2レーンのものではないため、2レーンの選手は内側の線ギリギリまで近づいてもよいが踏んだら失格となる。
(次回に続く)
(日本文理大学特任教授 北岡哲子)
[日経テクノロジーオンライン2017年4月13日の記事を再構成]