ブータンの幸福追求 「新しい働き方」に生かす

ウラ所長のお話の中で特に印象に残ったのは、野生動物との共存に関するくだりです。ブータンで農業を営む人に、野生動物による農作物の被害について尋ねると、かなりの人が被害を被っていることが分かります。

ただし、ブータンでは、野生動物と人間の利害が衝突するという発想は「もたない」とウラ所長は言います。代わりに見せてもらったのは、山の中に設置した高床の小屋に空き缶のようなものをぶら下げて叩き、動物を追い払う方法でした。休憩時間には、ブータン山中のけものみちを歩く動物たちの映像を見たのですが、サル、鹿のような動物、ヤマネコに続いて雪の中を歩く虎の姿があり、驚きました。

ブータンに何度も訪れている養老先生は「都会の真ん中に、犬が寝ていたりします」と言います。「それを車がよけていく。犬をひかないように車が通るんですから、当然、人間のことはもっとよけていく」。生き物を大事にする価値観の延長線上に、子どもを含めた人間を大事に考える価値観があるのでしょう。

お金は生み出さないが、幸せを生み出す時間

この話を聞いて私が思い出したのは、セミナーの前日、ほぼ同時刻(午後4時ごろ)に娘の友達と近くの公園で遊んでいたことです。幼児6名、小さな弟2名で、木に登ったり、ごっこ遊びをしたり、追いかけっこをしたり、にぎやかな様子を眺めていました。

もうすぐ2歳になる子が、水たまりに気づくと、笑いながら石をぼちゃんと投げ入れました。得意そうな笑顔でこちらを見る様子がなんとも言えず可愛くて、一緒にいたお母さんたちと楽しく眺めていました。その子は続いて、水たまりにばしゃばしゃと入っていきました。きれいなスニーカーが水と泥で汚れましたが本人は全く気にせず、お母さんも「あーあ、やっちゃったね」と笑っています。こんなふうに子どもやお母さんたちと過ごす時間は、お金は全く生み出さないけれど、私にとってはとても大事で幸せを生み出す時間です。

もともと経済記者だったためか、私が考える「ワークライフ・バランス」は「働くこと」が起点になることが多いです。そこでは、多少の効率化や労働時間削減を想定しつつ、基本的には「今のように働くこと」と「子育てなどの私生活」を、どう組み込んでいくのか考えます。

一方で、現状の「働く」を是としたままの「ワークライフ・バランス」は、私にとってはあまり魅力がない、というのが本音です。現状から積み上げて考える「改善型ワークライフ・バランス」ではなく、本当に欲しいライフの形に合わせて、ワークのありようを「破壊的に変革する」ことを、たまには考えてみるといいかもしれません。

ちなみにこの「破壊的な変革」に興味がある方には、『イノベーションのジレンマ』(クリステンセン著、翔泳社)をお薦めします。この本に描かれる「破壊的イノベーション」と「持続的イノベーション」の枠組みにならった発想は参考になるでしょう。やはり、最後は「ワーク的」な発想になってしまいました。

治部れんげ
昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社入社。経済誌の記者・編集者を務める。14年からフリーに。国内外の共働き子育て事情について調査、執筆、講演などを行う。著書『稼ぐ妻・育てる夫―夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)、『ふたりの子育てルール』(PHP研究所)。東京都男女平等参画審議会委員などを務める。

[日経DUAL 2017年3月29日付記事を再構成]