ピアニスト花房晴美と仏室内楽 ドビュッシー編

一流の音楽家がピアニストの花房晴美さんのもとに集い、フランス近現代の室内楽で共演するシリーズ公演で4月21日、イタリアのミラノ・スカラ座管弦楽団の首席チェリスト、サンドロ・ラフランキーニさんが登場した。演目となったドビュッシー晩年の傑作「チェロソナタ ニ短調」について花房さんに聞くとともに、世界屈指の歌劇場で20年近く活躍するラフランキーニさんにチェロと室内楽の魅力を聞いた。

「この曲はものすごく独特。特別な曲。ドビュッシーのイメージとも違う」。花房さんは「チェロソナタ」の印象をこう語る。「リズムが重要な役割を果たし、ギターみたいなところもあり、いろんなスタイルで演奏することができる曲だ。そういう意味で自由というか、演奏者にどう表現するかを託されている曲だと思う」。この曲で共演したのはチェリストのラフランキーニさん。「彼は温かい音をつくる演奏家だ。音楽を深く追究したいタイプの人という印象がある」と花房さんは話す。

ドビュッシー「チェロソナタ」のリハーサルをするピアニストの花房晴美さん(右)とチェリストのサンドロ・ラフランキーニさん(4月21日、東京都台東区の東京文化会館小ホール)

ラフランキーニさんは、スカラ座管弦楽団のメンバーとして1年の半分はオペラや交響曲を演奏し、残る時間の大部分は室内楽の演奏に充てているという。「室内楽は音楽家にとってなくてはならないもの、音楽家の命そのものだ。観客席との距離が近い小さなホールだと、聴き手の反応が伝わってきて、音楽を通じて交流している感覚がある。もう一つの魅力は、どの作曲家も傑作と呼ばれる作品に室内楽が多いことだ。もちろん、スカラ座で演奏することができるのは大変な名誉で、素晴らしい奏者と共に一つの舞台を作り上げる達成感は格別ではある。ただ、オーケストラの歯車として同じメロディーを一糸乱れず演奏するのとは違い、室内楽では自分だけの音色を響かせることができる。映画俳優が劇場の舞台に出演するようなもので、全く異なるものなのだ」

父親も同じスカラ座の首席チェリスト

チェロとの出合いは6歳のとき。同じ、ミラノ・スカラ座管弦楽団で首席チェリストを30年以上務めた父親から教わった。「はじめは思い通りの音を出すのも難しく、弾けるようになってきたと思えるまで10年かかった」。チェロといえば真っ先に思い浮かぶのが、バッハの「無伴奏チェロ組曲第1番」やサン・サーンスの「白鳥」のようなメロディーの美しい曲だろう。ところがラフランキーニさんがこだわるのはリズム。「ポップスやジャズが好きで、以前、米国の有名なジャズ歌手と共演したときに、メロディーだけでなく、リズムも意識すればチェロの表現が広がるということに気付いた」

インタビューにこたえるチェリストのサンドロ・ラフランキーニさん(左)。聞き手は槍田真希子(4月21日、東京都台東区の東京文化会館)

今回、花房さんと共演したドビュッシーの「チェロソナタ」もチェロがリズムを刻んだり、ギターのように弦をつま弾いたりする部分がある。ドビュッシーが第1次世界大戦中の1915年に完成させた傑作で、「驚くほど多様な音色で作られている作品」だという。4月21日、東京・上野公園の東京文化会館小ホールで、演奏会直前のリハーサルをのぞくと、フランスの海辺を連想させるロマンチックなメロディーが聞こえてきた。異国情緒たっぷりの東洋風の響きもところどころで伝わってくる。弓を大きく動かすのびやかなメロディーを奏でたかと思うと、短く、リズミカルな音を弾ませるなど、様々な表情を聴かせるチェロの音色が印象的だった。

ドビュッシーの音楽は計算し尽くされた作品

「ドビュッシーの音楽はまるで夢の中にいるような、つかみどころのない雰囲気を描いた印象派の絵画のようなイメージだ。ところが楽譜には、奏者にどのような音色を求めているのかが詳しく、明瞭に書き込まれていて、計算し尽くされた音の配置であることが分かる。演奏する際には、聴き手に自分の鼓動が伝わるくらいの情熱的な音楽を届けたいが、それは作曲家の意図を明確に理解した上での情熱でなければならないと思っている」

チェロと共に40年近く歩んできたラフランキーニさん。「演奏しているときがこの上もなく幸せ。音楽家という仕事で生活できているのは本当に恵まれていると思う」と話す。イタリアには大勢の音楽家がいるが、演奏で生活が成り立つ人はわずかだ。ラフランキーニさんも「私は音楽家です」と自己紹介しても、「仕事は何をされているんですか」と聞き返されてしまうことがたびたびあるという。イタリアのトップチェリストであり続ける彼の演奏は、チェロの新たな表情に気づかせてくれそうだ。

(映像報道部 槍田真希子)