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国内で1日に刊行される新刊書籍は約300冊にのぼる。書籍の洪水の中で、「読む価値がある本」は何か。書籍づくりの第一線に立つ日本経済新聞出版社の若手編集者が、同世代の20代リーダーに今読んでほしい自社刊行本の「イチオシ」を紹介するコラム「若手リーダーに贈る教科書」。今回の書籍は「あなたの人生は『選ばなかったこと』で決まる」。「失恋のつらさからどうやって逃れるか」「接待を成功させるにはどうしたらいいのか」――。経済とは関係なさそうな問題を経済学の「機会費用」という考え方で読み解いていきます。

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竹内健蔵氏

竹内健蔵氏

著者の竹内健蔵さんは、東京女子大学現代教養学部の教授です。1958年生まれで、一橋大学の大学院商学研究科や英オックスフォード大学の経済学部大学院で学びました。専門は交通経済学、公共経済学で、「なぜタクシーは動かなくてもメーターが上がるのか」(エヌティティ出版)などの著書があります。

人生の選択、どうやって決まる?

人生は選択の連続といわれます。私たちは、何を根拠にそれを決めているのでしょうか。経済学では、何かをすること、もしくはしないことで感じる「幸せ」と「不幸せ」、「快」と「不快」に注目します。

おなかがすいたのでレストランで食事をする。満腹になれば「幸せ」だが、一方では代金を払う「不幸せ」も待っている。それでも食事をしたのは、幸せの方が不幸せより大きかったからだ――これが経済学的な分析です。この不幸せを「費用」と呼びます。では、本書の軸となっている「機会費用」とは何でしょう。教科書に載っている典型的な定義として竹内さんは、まず次のように紹介し、その分かりにくさを嘆きます。

 「機会費用とは、複数の選択肢があるとき、ある選択肢を採用したことによって犠牲にされた選択肢を選んでいたならば得られたであろう価値のことである」(中略)
 正直に白状するが、私自身、機会費用の定義をはじめて読んだときは、これが何をいっているのかさっぱり理解することができなかった。
(第1章 お金だけが費用ですか? 17ページ)

払わなくても「費用」

機会費用の考え方を説明するため、本書には「彼氏とデートするためにアルバイトを休み、1000円の電車賃を払って新宿まで出かけたあげく、すっぽかされた女性」が登場します。彼女が払った「費用」は、経済学的にはいくらなのでしょう。

 彼女は家庭教師のバイトを休んでデートに出かけた。つまり犠牲にされたのは家庭教師のアルバイト代5000円であり、つまり、「犠牲にされた選択肢を選んでいたならば得られたであろう価値」とは5000円のことである。
 そして、往復の電車賃1000円も同じく犠牲にされた価値であり、そのためこれも機会費用に含まれることに注意しよう。彼女は新宿往復の電車賃を支払わなかったら、この1000円でおいしい食事ができたかもしれないし、それを何か他の楽しみに使えたかもしれない。しかし、彼女はそれよりも彼氏とのデートでこの1000円を使う方が価値が高いと思ったからこそ、それを電車賃として使ったのである。
(第1章 お金だけが費用ですか? 21ページ)

つまり彼女の機会費用は6000円ということになるのです。さらに読み進めると「費用」は、お金に限らないこともわかってきます。経済学では「好ましくないもの、不快なもの、マイナス感情を起こすもの」を費用ととらえます。例えば、新幹線のホームで自由席の列に並ぶとき、待つ時間、その間の暑さや寒さ、疲労といった行列の苦しみも、座る権利を得る「費用」と考えます。この考え方が機会費用を理解するポイントのようです。

片想いの「機会費用」とは?

冒頭で触れた恋愛問題に、この考え方を応用すると、どうなるでしょう。

 片想(おも)いで辛(つら)い思いをしている人には2つの選択肢がある。1つは彼(女)のことばかり考えて何もしない(できない)という選択肢、もう1つは思い切って彼(女)のことを忘れて、自分が本来するべきことに全力投球するという選択肢である。彼(女)のことばかり考えて何もしないことの機会費用とは、相手のことを忘れて仕事や勉強に打ち込むことで実現できる価値である。その価値が大きければ大きいほど、物思いにふけって何もせずに無為に時間を過ごすことがいかに無意味なことか(機会費用がいかに大きいか)が痛切にわかる。
(第2章 どうやって片想いの辛さから逃れますか? 77ページ)

こうして「機会費用」の考え方をつかめば、世の中を見る目も少し変わってきます。例えば、専業主婦(夫)や失業者への世間の風当たりが強くなりがちなのは「金銭的価値を生み出していない」という前提があるからです。でも機会費用を学んでいれば、その前提に疑問を持ち、新たな視点で考えられるようになるでしょう。

ほかにも「なぜ深夜タクシーに割増料金を払うのか」「公共料金にもうけは含まれているのか」「どうして行列への割り込みは悪いのか」など、様々な現象を取り上げています。自分や周囲の行動を分析し、理解する新たな思考法が身につく一冊です。

(雨宮百子)

◆編集者からひとこと 野崎剛

「機会費用」という経済学のひとつの考え方を唯一の切り口に、人々の行動や世の中のカラクリを読み解く――というコンセプトのユニークな経済書です。

竹内先生とは、なるべく経済学書っぽくない本にしよう、でも読めば経済学のエッセンスが身につくものにしようと、企画を進めてきました。結果として、先生ご自身の個人的な恋愛話にはじまり、人気ラーメン店の行列、深夜タクシーの割増料金といった身近な話題から、大規模交通インフラなどの社会資本の整備まで、実に幅広いトピックを「機会費用」で読み解いた面白い本になったと自負しています。カバーもかわいいです。

「何を選び、何を選ばないか」というのは普遍的なテーマです。経済学の本というよりは、「ものの考え方」「物事のとらえ方」の本として読んでいただけたらと思います。これからの人生で、きっと役立つ一冊です。

「若手リーダーに贈る教科書」は原則隔週土曜日に掲載します。

あなたの人生は「選ばなかったこと」で決まる 不選択の経済学 (日経ビジネス人文庫)

著者 : 竹内 健蔵
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 918円 (税込み)

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