旭山、いざ夏期開園 ゴマフアザラシの成長にビックリ

一見とても愛情の深さを感じさせる親の行動も、実は、特定の反応の連続だけだったりします。たとえばスズメの親鳥。小さく切った黄色い菱形の折り紙を入れておくと、反射的に捕ってきた虫をその菱形の紙の中に強く放り込みます。スズメのヒナは巣が揺れたりすれたりする音、つまり親鳥が巣に戻ってきた時の振動や音がすると、反射的に大きく菱形に口を開けます。

「母性」のスイッチ、すぐには入らず

ゴマフアザラシの出産は子が生まれ落ちても、親が子の羊膜などをなめ取る、胎盤を処理するといった行動をしません。子が生まれ、もぞもぞと自力ではいずるうちに羊膜は取れ、へその緒もちぎれます。母親はこの時点で、我が子とは認識していません。子がぶーぶーと鳴きながら、おそらく母親の乳腺からしみ出す母乳の匂いにひかれ、お乳に吸い付きます(アザラシの仲間には子が舌をからめられるような、突起状の乳首はありません)。母親は出産後の一連の行動で、子の鳴き声に反応して横臥(おうが)姿勢を取りますが、子が受乳した時点で、母性のスイッチが入ると思われます。

旭山ではゴマフアザラシの人工保育を何度か経験しているのですが、子があまり鳴かない、母親のお乳をねだりに行かないという共通点があるように思います。今回は母親が初産ということもあるのですが、録画を確認すると、19時ごろに出産していました。子は生まれてしばらくして、お乳を探すこともなく水中に入ってしまいました。体力のある子で、陸上にも自力ではい上がってきました。

母親と一度、鼻を突き合わせているのですが、母親は我が子として鼻を突き合わせたわけではありませんでした。子はお乳を探すでもなく、もう一度水中に入り、母親とは離れた場所に上陸しました。僕たちは朝、出産に気づいたのですが、子は落ち着いていて元気もあり、母親は出産した場所で気が立った状態でした。母親は出産したことにも気づいていないような状態で、やみくもに近づくものに対し威嚇をしてきます。出産した場所に固執していたので、もしかすると子を母親のところに運び、子がお乳を吸えば、母性のスイッチが入るのではと考え、何回か近づけたのですが、子に対しても激しく威嚇をして深追いは危険と判断、自然哺育を断念しました。

子は人工保育の個体としては順調に育っていて、母親に誘導されることもないのに水中に入り、泳ぎも上達しています。ただ食欲が細かったり、人や他のアザラシの動きに対して反応が緩慢だったり、どこか生命力が弱い感は否めません。

生まれ出た時になぜあまり鳴かないのか、母乳を求めないのか? ほんの少し早産であったためなど、生理的な原因も考えられます。あるいは飼育下の環境でなければ、自然淘汰される運命の個体だったのか? 原因については、今後も究明していかなければいけないと考えています。

アザラシの仲間の出産や育児については、陸生のほ乳類に比べ育児期間が短いなど、さまざまな点で異なりますが、母親になる、わが子として認めるという点では出産の過程や、産後のごく早い時期に本能的な母性スイッチが入ることが重要である部分が同じです。

いよいよ4月29日、夏期開園の日です。ゴマフアザラシって、1カ月でこんなに大きくなるの? きっとビックリするはずです。おまけに、すっかりゴマ模様。皆さんとともに、子の成長を見守っていきたいと思います。

坂東元
(撮影・桜井省司、提供:株式会社LEGiON)
1961年旭川市生まれ。酪農学園大学卒業、獣医の資格を得て86年から旭山動物園に勤務。獣医師、飼育展示係として働く。動物の生態を生き生きと見せる「行動展示」のアイデアを次々に実現し、旭山動物園を国内屈指の人気動物園に育てあげた。2009年から旭山動物園長。
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