そんな環境で学んでいく中で、教授にたまたま紹介された医療インフォマティクス論文が、起業のきっかけとなる事業のシーズ(種)につながりました。それはソフトウエアによる治療の可能性を示した論文で、これこそ未来の医療だと直感。帰国したら事業化しようと決めました。それが現在の当社の製品「治療アプリ」です。

日本に帰国後、キュア・アップを立ち上げた。

治療アプリは、医師が処方する疾患治療用スマホアプリです。例えば、1カ月に1回、治療のために通院している患者がいるとします。外来では、医師が患者の症状に応じてアドバイスしたり薬を処方したりできますが、自宅で一人きりの時は、何かあっても自分の判断で対処できません。そういった時に、治療アプリに症状などの情報をインプットすれば、的確な診療ガイダンスが提示されます。

現在、ニコチン依存症治療用のアプリと、脂肪肝が重症化すると発症するナッシュ(NASH)という病気の治療用アプリを開発中です。ニコチン依存症用は、早期の薬事承認を目指して慶応大学病院を含む複数の医療機関で臨床試験を進めているところです。治療用アプリで薬事承認を得た例は国内ではまだありません。

慶応医学部は医学部発ベンチャーの育成に本腰を入れ始めています(関連記事:慶応大学医学部長の岡野栄之教授に聞く「100年迎えた慶応医学部 なぜVB100社目指す?」)。今年1月に開かれた関連のシンポジウムでは、私も講演する機会がありました。慶応からは、さらに野村ホールディングスと共同で設立したベンチャーキャピタルを通じ、資本協力も得ています。

私が留学した米国では、医療分野の研究というのは、論文発表だけで終わらず、研究成果を事業化し、実際に病気の治療に役立てて初めて価値があるという考え方があります。日本では慶応医学部が先陣を切り、そうした考え方を取り入れ始めたということだと理解しています。

その慶応医学部内で、ベンチャー育成を担う「知財・産業連携タスクフォース」の委員長をしているのが、ヨット部の大先輩で大学時代にお世話になった坪田一男医師。医師としても非常に優秀ですが、良い意味で尖ったところがあり、様々な刺激を受けました。私のベンチャー・スピリットも、そうした経験から来ているのかもしれません。

(ライター 猪瀬聖)

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