成年後見人が足りない! 認知症の財産管理など急務に介護関係者や民生委員と連携、担い手養成も

2017/4/21

安心・安全

品川成年後見センターの職員(奥)が成年後見人として高齢者の支援にあたる
品川成年後見センターの職員(奥)が成年後見人として高齢者の支援にあたる

高齢社会を支える車の両輪――。そう期待されてきたのが、介護保険制度と成年後見制度の2つだ。ともに2000年に始まったが、介護保険に比べ、成年後見制度は普及が進んでいない。認知症などで、支援が必要な高齢者は今後さらに増える。どう利用しやすくしていくか。手厚く支援する地域を追った。

「小さいころから絵が好きで」「とてもきれいですね」。2人の女性の間で穏やかな会話が続く。一見、家族のようだが、そうではない。1人は、東京都内にある品川成年後見センター(品川区社会福祉協議会)の職員だ。

区内の有料老人ホームで暮らす女性(77)は16年5月から成年後見制度を利用している。身近に対応できる親族がおらず、社協が法人として後見人となった。なにげないやりとりの中でも女性の様子に目を配る。「優しくしてもらい、本当に頼れる」と女性は話す。

成年後見制度は、認知症などで判断能力が低下した人のための制度だ。本人や家族、市区町村などの申し立てに基づき、家庭裁判所が後見人を選任する。財産を管理するほか、本人の意思をくみ取り暮らしていきやすいよう支援する制度だ。最高裁判所の16年の統計によると、後見人として選任されるのは弁護士や司法書士など専門職が3分の2を占める。

生活に困難を抱えている人ほど、自ら声を上げにくい。周囲が気づいても、医療や介護面の対応だけで終わりがちだ。品川は、センターと区が連携してきめ細かい支援の網を張ってきた。区長による家裁への申し立ても、例年50件ほど。資産の乏しい人でも利用できるよう、後見人の報酬などを助成する社協独自の制度もある。全国的にも手厚く支援する地域の一つとされる。

品川成年後見センターは後見人の担い手育成に取り組んでいる(打ち合わせをする市民後見人の高橋さん、手前)

品川では地域の介護関係者や民生委員らから情報や相談があると、月2回のケース会議で、どうサポートするのがよいかを検討。具体的な方針を定める決定会議、外部の有識者の目で審査する運営委員会で議論を重ねる。

ケースによっては、他の専門家団体などに紹介する。社協自らも後見人を引き受けており、今も約170人を支援している。

冒頭の女性の場合、不安定な時期もあったが、施設や医師と綿密に話し合い、こまめに訪問して信頼関係を築いた。「本人の周りには、福祉や医療などの関係者がいる。そこに後見人となった社協の職員が加わり、チームで暮らしをサポートすることが大切だ」と、センターの斎藤修一所長は話す。

地域で後見人の担い手を増やそうと、品川では06年から市民後見人も養成している。市民が後見人となれば、訪問の回数を増やすなど、見守りを手厚くできる。専門職ではないための負担もあるが、家裁から社協が「後見監督人」に選任され、相談と助言にあたる。市民後見人らでつくる団体も含めれば、約80人を支えている。

元会社員の高橋幸夫さん(64)は16年12月から市民後見人になった。担当しているのは72歳の男性だ。高橋さんは週1回、男性のもとに通う。「その人の暮らしを背負っており、責任は重い。しっかり支えるために、相手のことをよく知りたい」からだ。

男性には認知症があり、どう関係を築くか当初は手探りだった。大相撲の稀勢の里の話題を出したところ「中学高校と相撲をやっていた」などと男性が話し始め、手応えを感じている。

実は高橋さんは14年から15年にかけて、自分の父親の成年後見人も務めた。金融機関から後見人をつけるよう言われたことがきっかけだ。「自分も将来、制度のお世話になるかもしれない。大切な制度と実感した」

老いも認知症も、誰にとっても無縁ではない。地域で様々な担い手を増やしていくことが、多くの人にとって安心につながる。

◇    ◇

海外との差は行政の関与、国も基本計画を策定

成年後見制度の利用者は増えている。2016年12月末現在で、約20万人(最高裁家庭局まとめ)だった。過去最多だが、定着したとはいえない。「制度が必要な人は人口の1%はいるといわれ、あまりに少ない」。日本成年後見法学会理事長で中央大学教授の新井誠氏は話す。

状況を変える動きは出ている。議員立法で16年4月に「成年後見制度の利用の促進に関する法律」が成立し、同5月に施行された。今年3月には、政府が「利用促進基本計画」を閣議決定。財産管理だけでなく意思決定支援や身上保護を重視すること、地域でネットワークをつくり、中核となる機関を設置することなどが柱だ。各自治体にも計画をつくるよう働きかける。

いち早く動いた地域もある。埼玉県志木市は3月、利用促進条例を制定。閣議決定の内容を先取りし、計画を練る審議会や中核機関を設けると明記した。

これまで後見制度への取り組みは、地域による温度差が大きかった。きめ細かい対応が期待できる市民後見人の養成やセンターの設置は一部にとどまり、家裁による市民後見人の選任も16年に全国で264件だけだ。財源の確保といった課題はあるが、必要な人が利用しやすい体制づくりが欠かせない。

新井教授は「成年後見制度が普及している海外と日本の大きな違いは、行政の関与の度合い。地域の高齢者らの状況を把握している自治体が果たす役割は大きい」と期待する。「複数の自治体が共同で中核機関を設けるなど、方法はさまざま考えられる。担い手として、親族の後見人をどうバックアップするかなども含め、各自治体で工夫してほしい」と話す。

(編集委員 辻本浩子)

[日本経済新聞夕刊2017年4月19日付]

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