2017/5/8

スポーツイノベーション

余談だが、正しい100mは第2次世界大戦後のルールブックに初めて明記された。100mとは「スタートラインの手前からフィニッシュラインの手前までの距離」を指す。つまり、ルールによるとスタートラインは100mに含まれていて、フィニッシュラインは含まれていない。オーエンスがスタートラインの前に手を出してついていたのであれば、本来は反則で失格ということになる。

東京五輪男子100m決勝でスターター

佐々木氏は62年に東京五輪準備室長となり、64年の東京五輪開催に死力を尽くした。東京五輪では花形種目である男子100m決勝のスターターを、満を持して引き受けた。「それまでの自分の人生はこの一瞬のためにあったのだ」と言い、迷うことなく決めたそうだ。

陸上競技が球技や格闘技などと決定的に違う点は、「他の競技者に勝ち1位になる」というだけではなく「タイム(記録)を狙う」という、もう1つの戦いが含まれていることだ。

それを左右するスターターは、競技者の命を握っているほどの重責を負うといえる。そのことを踏まえ、64年当時と現在のスタートに関するテクノロジーの異なる点を明らかにしていきたい。同時に佐々木氏の偉業である、スターターに関するルールの構築についても説明していく。

東京五輪前は手動の計測が一般的だった。フィニッシュ地点に設けられた階段状の台に、タイムを計る計時員と着順をみる審判員が陣取っている。写真提供は野崎忠信明星大学名誉教授

64年の東京五輪における「ドン」の号砲は、本物の拳銃の空砲を使用した。38口径ニューナンブ。警察官が使用しているもので、4丁を警視庁から借用した。火薬の量で音量が異なるので、佐々木氏を中心に数種類の空砲を事前に何度も試し撃ちし、1年前のプレ五輪大会で最終的に火薬量を決めた。それは大変な苦労だったそうだ。

「ドン」の音とともに、銃口からは閃光(せんこう)が出る。フィニッシュライン外側にいる計時員は、この閃光を見てストップウオッチを作動させる。競技者は音を聞いてスタートするが、計時員は閃光を見る。

基本的なことだが、東京五輪より前の記録は手動での計測だった。フィニッシュには、タイムを計る計時員と、着順を見る審判員がいる。計時員はトラック外側、審判員はトラックの内側で、それぞれ階段状の台に縦2列に陣取る。

着順の審判員の分担表。6着までは競技者1人を3人の審判員が見ていた

計時員はそれぞれ両手に時計を持ち、2人の競技者の記録を計る。記録は1人の競技者に対し3個の時計で決めていたので、計時員は8人×3÷2で12人が必要だった。接戦で多くの競技者が固まりになってフィニッシュする場合は、タイムを取るのはとても難しく熟練の技が必要だった。

3人の計時員の計測タイムが同じ場合は問題ないが、異なる場合もある。どうやって1つに決めて掲示していたかというと、例えば(10.1、10.2、10.3)であれば真ん中の記録である10.2秒、(10.1、10.1、10.2)のように2対1のときは多数側である2名の計時10.1秒とすることが、ルールに記載されている。

写真判定で100分の1秒まで計測

東京五輪からは写真判定が導入された(冒頭の写真)。手動でも記録を取っていたがあくまでも参考扱いで、写真判定が優先だった。タイムは100分の1秒まで読み取り、四捨五入する。例えば、10.14秒は正式掲示では10.1秒、10.15秒は10.2秒となっていた。東京五輪の後は現在にいたるまで、100分の1秒単位の値をそのまま表示するようになった。