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オリパラ
スポーツイノベーション

2017/5/8

スポーツイノベーション

当時の写真判定は、現在とは大きく異なっていた。スリット(細い隙間)を通してフィルムを巻き続けながら撮影するスリットカメラを用いてフィニッシュラインを通過する競技者を記録し、このフィルムを現像していた。それから競技者のトルソー(胴体部分)がフィニッシュに到達したタイムを、競技者とともに写し込んだ100分の1秒相当の目盛りから読み取る。そのため、結果を確定するのに多くの時間を費やし(当時は1分くらいかかった)、観客への告知は非常に遅くなっていた。

現在は、デジタルカメラで撮影するためすぐに画像を確認できる。タイムはコンピューターシステムの画面上でカーソルをトルソーに合わせるだけで得られ、同時に掲示板に表示される。もし100分の1秒単位で同タイムの場合は、画像を拡大して1000分の1の目盛りまで読み取る。計時が同着同タイムでも着順に差がつくことがあるのは、このような理由による。

タイムに関する余談だが、明治時代は1位だけを計時し、2位以下はタイムを計らなかったそうだ。予選は、昭和30年代前半ですら3位までしかタイムが残らなかった。現在は、もちろん全員を計時している。

一方、着順を見る審判員は、1位だけを判定する人のほか、1位と2位を判定する人、2位と3位を見る人というように、審判員1人が競技者2人を見る。各競技者については、審判員3人の目が届くように分担する。

写真判定が採用されたことにより、フィニッシュ地点での順位にはトラブルがなくなった。しかし、写真判定は費用がかかる。東京五輪以降、大きな大会は全て写真判定を取り入れているが、小さな大会は手動計測を用いている場合もある。それでも、現在は100分の1秒単位で判定しないと正式に公認されない。

東京五輪の前後で変わった技術は、ここまでお伝えした号砲、記録判定に関するもののほかに、もう1つある。出場人数が増えたための苦労があった。次回は、これにまつわる東京五輪での工夫について解説する。

(次回に続く)

(日本文理大学特任教授 北岡哲子)

[日経テクノロジーオンライン2017年3月15日の記事を再構成]