1964年の東京五輪において「スターターの神様」と称された一人の日本人がいた。12年生まれの佐々木吉蔵氏だ。東京高等師範学校を卒業後、勉学を究めるためにさらに中央大学法学部に進み、53年に東京学芸大学の教授に就任した。
学生時代、同氏は自らが陸上の競技者で、32年のロサンゼルス、36年のベルリン両五輪に出場した。このため、スターターの重要性や理想像、ルールに対する疑問など、切実な問題意識を持っていた。
実は失格?ベルリン五輪優勝のオーエンス
同氏が出場したベルリン大会でのエピソードは特に有名だ。男子100mの優勝者、米国のジェシー・オーエンスと佐々木氏は予選で隣同士のレーンにエントリーされた。スタート合図直前、佐々木氏がちらっと横を見ると、オーエンスは約5cm幅のスタートラインの少し前方に手を置いていた。手はラインの手前につくものだと認識していた佐々木氏は、「おかしい」と感じた。
ところで、100m走の100mとは、一体どこからどこまでを指すのか。スタート地点とは5cm幅のあるスタートラインの手前なのか、奥の側なのか。ゴールはフィニッシュラインの手前か、奥側か。全部で4種類の解釈があるうち、どれが正しいのかについて疑問を持った。
スタートの瞬間に佐々木氏がどこまで考えていたかは定かではないが、モヤモヤしながらスタートしたためか、同氏は予選落ちしてしまった。
レース終了後、誰に尋ねても満足な回答は得られなかったそうだ。帰国後も引き続き調べたが、100mの正しい測り方は分からずじまいだった。当時はルールに記述がなかったからだ。ただ、この経験から佐々木氏は、陸上界のルール構築に尽力するようになった。