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「位置について、用意、ドン」 起源は90年前の懸賞 スタートのテクノロジー(1) 北岡哲子 日本文理大学特任教授

日経テクノロジーOnline

2017/5/1

東京五輪100m走のスタートの様子。金メダルをとったボブ・ヘイズ氏(右下)、銀メダルのヒュゲロラ氏(左下)、スターターの佐々木氏(右上)のサインが入っている。紙焼きを筆者が撮影。写真提供は野崎忠信明星大学名誉教授、野崎忠信「1964年東京オリンピック大会コレクションと資料」所収
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「位置について、用意、ドン」。幼稚園児から100歳を超えたお年寄りまで、誰もが慣れ親しんでいるこのスタート合図は、いったい誰がいつ、どのように決めた言葉なのか。

国際的にはもちろん別の表現だが、リオ五輪で静寂の中に響く「On your marks,Set(オン・ユア・マークス、セット)」のスタート合図の瞬間は、読者の皆さんの記憶にまだ新しいだろう。

この「位置について、用意、ドン」のルーツへの疑問は、ある取材中に浮かんだ。スターターの神様と称され、1964年、世界タイ記録をボブ・ヘイズが樹立した東京五輪男子100m走決勝でピストルを撃った、佐々木吉蔵氏の取材を始めたことがきっかけだった。本連載では、スターターの神様といわれた個人にスポットを当てながら、「スタートのテクノロジー」を紹介する。

まず冒頭の「位置について、用意、ドン」についてのエピソードから、スターターの物語を始めよう。

佐々木吉蔵氏は晩年の1978年、「全国陸上競技スターター研究会」を創設し、後輩競技者のパフォーマンス向上のために貢献した。今回の執筆に当たって、同研究会や、弟子に当たる野崎忠信・明星大元教授の協力によって入手した多くの会誌や資料を読みあさった。何とそこに、「位置について、用意、ドン」の起源についての記載があった。

■舛方アナウンサーの疑問もとに調査団

資料によると、当時アナウンサーで著名な日本テレビの舛方勝宏氏が、陸上競技の中継の際に、いつもこの言葉の生みの親は誰かを不思議に思っていたそうだ。そこで、あるテレビ局が「謎学の旅」という番組企画で、調査団を作り、この謎を追ったところ、真相にたどり着いた。

調査団は最初、調べる糸口を見いだせなかったそうだ。はっきり分かっていたのは、「位置について、用意、ドン」が明文化されたのは、1929年発行の陸上競技規則だったことだ。そこで、1929年より前に開かれた大きなスポーツ大会を調べてみようと考えたそうだ。

そこで見つけたのが、1878年、あの「少年よ、大志を抱け」で有名なクラーク博士で知られる札幌農学校(現在の北海道大学)で開かれた大会。これに目をつけた調査団は、北海道まで赴いた。

しかし、当時「遊戯会」と名付けられたそのスポーツ大会では、残念なことに「位置について、用意、ドン」は影も形もなかった。「位置について」の代わりには、英語の「アテンション(注意)」があてられていた。この大会はレクリエーション的要素が強く、面白いことに札幌市民の参加が許されており、市民たちは「合点承知」のもじりで「がってんしょん」だと覚えていたそうだ。

そのころは陸上競技という言葉もなかった。「力芸」といわれていた競技に、初めて「陸上競技」という言葉をあてたのは正岡子規である。1896年の随筆集「松蘿玉液」で記述した。子規は「ベースボール」に「野球」という日本語をあてはめたことでも有名だ。

「位置について、用意、ドン」以前に用いられていたスタート合図は、他にもいろいろあった。例えば破れた傘を持ち、「いいか」と大きな声をあげる。「位置について」の代わりだ。「用意」が「ひい、ふう、みい」で、その傘をパッと振り下ろすのが「ドン」だった。また明治の末期から大正にかけては、「腰を上げて待てえ」「おんちゃなケツ上げえ」「ケツ上げろ」などで「位置について」を指示していたことがあったそうだ。これを大声で叫んでスタートしていた。

驚くことに、「On your marks,Set」という英語も使われていて、ポイントはここにあった。この英語に代わる日本語の出発合図用語を求めた全日本陸上競技連盟(現在の日本陸上競技連盟)が懸賞募集をかけ、その当選作が「位置について、用意」だった。新用語は1928年3月4日の東京日日新聞で発表された。東京に在住の考案者は、競技者たちのスタートの姿を見ているうちに、この言葉が自然と頭に浮かんだそうだが、この誕生によって多くの人々が感動する幾多のドラマがスタートした。

■合図が機械であってはいけない理由

では、スタート物語の本論に戻ろう。

そもそもスターターとは、どういう役割を果たす人なのか。筆者も含め一般人にとっては、文字通りスタートの合図をする人、不正スタートなど競技者の不正を監視する人というイメージがある。しかし取材を進めるにつれ、はるかに深い技術や人間性が必要であることを悟った。

まず、不正スタートの責任は競技者ではなく、スターターにある。スターターの役割は、全員をピストル一発でスタートさせることにある。

競技者は勘でスタートすることが禁止されている。「(用意の掛け声の後、それなりに時間がたってもうすぐドンになるはずだから、ドンの音が聞こえる前に)勘で動いて、たまたま動き始めが音より後になった」というのは、実は反則。必ず音を聞いてから、それに反応して出発しなければならない。

個人的には、現代の技術を活用すればスタート合図は人間より、機械に任せる方が正確でベターなのではと思っていたが、それは浅はかな考えだと、すぐに思い直した。かつて第2次大戦後の米国では、スタートを機械で行ったらどうかという動きがあったそうだ。肩に当てる機械を使い、電気仕掛けで、競走馬の出走に似たスタートの案が出た。しかし「機械に拘束されるなどスポーツの本質に反する」と良識ある人間が反対の声を上げた。

人間の審判によって走者の行動を審判するには限界があるが、それを認めた上で人間が人間に合図するという理想を堅持すべき責務を担っているのがスターターである。人がスターターを務めること自体が、スポーツの基本的理念に基づいている。

■優れたスターターは五感を駆使

もちろん、競技者あってのスターターだが、スターターの存在は単なる競技の番人ではなく、勝負をプロデュースする大きな役割を担っている。競技者が勝負の場で、持てるすべての力を出し切れるかどうかは、最初の一歩にかかっている。だからこそスターターは、鋭敏な感覚と集中力を込めたフェアなスタートを導くため、競技者の状態を見通し、心地よいスタート合図を演出する。

五感を駆使して、競技者を落ち着かせるような掛け声のタイミング、声の大きさ、速さ、間合いを探りながら、やさしさを込めてピストルを撃つ。それが優れたスターターだ。冷たく、表面的に感じるスターターは未熟な証拠だそうだ。

しかしその役目を完璧に遂行するのは、容易なことではない。「競技者に信頼される存在になりたい」という熱意と努力から成り立つ、現役競技者に匹敵するほどの数限りないトレーニングと、競技者の幸せを祈りながら撃てる人間性の上に、初めて成立するものだからだ。

次回は、そのように尊敬されるスターターの中でも神様と称された、佐々木吉蔵氏をめぐる物語をお届けする。

(次回に続く)

(日本文理大学特任教授 北岡哲子)

[日経テクノロジーオンライン2017年3月1日の記事を再構成]

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