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IBM「ワトソン」が広げる スポーツ観戦の楽しみ方 チーム力強化やスタジアム設計にも活用

スポーツイノベイターズOnline

2017/6/29

2016年のウィンブルドン選手権ではコグニティブ・ソーシャル・コマンド・センターを活用。ファンがネット上で発した言葉を分析して、チケット販促などに活用した(写真:IBM)
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テニスのウィンブルドン選手権やゴルフのマスターズ・トーナメントなど、スポーツのビッグイベントでIBMのロゴを目にしたことがある人は多いだろう。米IBMは20年以上の長きにわたってスポーツイベントに協賛するだけでなく、IBMスポーツの名の下に、大会を支える数々のテクノロジーを提供してきた。そんな同社が日本でも、人工知能(AI)の一種である「ワトソン」[注]を活用したスポーツビジネスを展開しようとしている。日本アイ・ビー・エム GBS事業本部コグニティブビジネス推進室コグニティブエクスペリエンスプロデューサーの岡田明氏に、IBMスポーツの世界動向や事例、日本での取り組みについて聞いた。

日本アイ・ビー・エム GBS事業本部コグニティブビジネス推進室 コグニティブエクスペリエンスプロデューサーの岡田明氏

――なぜ、IBMは以前からスポーツビジネスに積極的に関与しているのですか。

「『スポーツを文化として醸成したい』という基本スタンスを持っているからです。ウィンブルドン選手権へのスポンサーシップは24年程度続けており、それがグランドスラム(テニスの四大大会)に広がっています。マスターズとも20年以上の付き合いがあります。さらにIBMはテクノロジーカンパニーなので、協賛にとどまらず、観戦をより楽しくしたり、選手やチームを強化したりするためのテクノロジーを同時に提供しています」

■SNSからファンの見たい映像察知

――IBMにはIBMスポーツという専門組織があるのですか。

「いえ、専門組織があるわけではなく、イベントに応じてさまざまな組織が連携して活動します。顧客体験をつくっているメインの部隊は『インタラクティブ・エクスペリエンス(IX)』という世界で1万人規模の組織です。ここが顧客体験をデザインし、クラウドやアナリティクスなどのチームが参加してテクノロジーを実装します」

「スラムトラッカー」にはグランドスラムの過去データが集約されており、試合のリアルタイムのスコアのほか専門家の分析も表示できる(画面は17年1月の全豪オープンテニス男子決勝、写真:IBM)

「例えば、テニスのグランドスラムで提供している『スラムトラッカー』というライブのスコアボードがあります。主体はIXのチームですが、アナリティクスのチームが連携して運営しています。スラムトラッカーにはグランドスラムの過去のデータが集約されており、スコアがライブで表示されるだけでなく、試合のデータや分析、さらに専門アナリストが特定の選手が勝つために必要な要素をここで指摘します。スラムトラッカーにはグローバルで統一のフォーマットがあり、それをインフラとして世界各地で使っています」

――IBMスポーツのポリシーはどのようなものですか。

「柱が3つあります。まずファンのエンゲージメント(ブランドへの愛着心)をどうつくり上げるか。2つ目に、チームのパフォーマンスをどう強化するか。最後が、スタジアムなどの会場(ベニュー)をどのように最適化するか。これらを『三位一体』でお手伝いします」

――ここ数年、海外ではワトソンを活用したIBMスポーツの事例が増えていますね。

「一例として、IBMが2016年のウィンブルドン選手権や17年1月の全豪オープンテニスで運営した『コグニティブ・ソーシャル・コマンド・センター』があります。ここでは、大会期間中に交流サイト(SNS)などインターネット上でファンが発している言葉などをワトソンがクロール(自動巡回)・解析し、それを同センターに通知。会場のチケット売り場のサイネージに、販促につながる言葉を表示するといった取り組みをしました。さらにインターネット上でファンがどのようなコンテンツを欲しているかをワトソンが解析して配信しました」

「例えば、SNS上で『ロジャー・フェデラー選手がすごい』『彼のプレーを見たい』といった多くの発言があったら、ワトソンが『今、世の中でフェデラー選手が熱い』と判断。これを受けて、会場のチケットセンターに置かれたサイネージには『ゴー ロジャー!』と表示し、観客に『明日フェデラー選手が登場するので来てね』と再訪を促したりすることができます」

「また、SNS上に『かつてフェデラー選手がウィンブルドンを5連覇したときの映像を見たい』などという書き込みがあったら、その内容をワトソンが理解して通知。グローバルのウェブサイトを管轄しているチームが、当該の映像を引っ張ってきて一斉に配信する、ということをやったりしています」

■選手の性格、チーム組成に活用

「もう1つの先進事例が、米プロバスケットボールリーグ(NBA)に所属するトロント・ラプターズにあります。同チームは、ワトソンも活用するスポーツチーム分析ツール『スポーツ・インサイツ・セントラル』を16年2月に導入しました。同ツールは、試合や練習での選手やチームのパフォーマンスに関するデータ、医療・健康関連のデータなど様々なデータを一元管理し、多様なシミュレーションを可能にします。同チームのコントロール室には、タッチ式のスクリーンが多数導入されていて、同ツールを用いて簡単にシミュレーションができるのです」

トロント・ラプターズは「スポーツ・インサイツ・セントラル」を導入し、チーム力、選手力、選手の性格、リーグ、トレードなど様々な分析ができる体制を整えた(写真:IBM)

「スポーツ・インサイツ・セントラルは『パーソナリティ・インサイト』というワトソンの性格分析機能が含まれています。心理学など学術的に権威があるデータを使ってワトソンが選手の性格を分析します。ラプターズはこれをチーム強化に活用しているほか、遠征の際のチーム編成などに使ったりしているそうです。パーソナリティ・インサイトを使えば、ライバルチームの選手のSNSへの書き込みから性格を分析することもできます」

「一般にアナリティクスでは、膨大なデータから人間が『解』を導き出しますが、ワトソンはその上をいきます。アナリストがどう判断するかの知見をワトソンに教え込ませることで、一歩先の活用ができます」

■「日本モデルをつくりたい」

――日本でのIBMスポーツの展開について教えてください。

「日本ではワトソンをキーにしたビジネス展開、そして顧客体験を設計していきます。ただ、この1年間活動してきて、日本のスポーツ市場は間違いなく成長するとは思うものの、欧米と比べてまだ未成熟と感じています。欧米のメジャースポーツのように各クラブが持つ予算規模が大きくないため、ワトソンを使ったソリューションを一気に導入するのは難しいでしょう。『日本モデル』をつくりたいと思っています」

「日本でのビジネス展開に当たって、私には2つの方針があります。1つは、欧米での事例を参考に、クラブやスポーツ団体の予算枠内で『いいサイクル』を生み出すお手伝いをしていきます。もう1つは、クラブや団体からお金をいただくのではなくて、例えば地域にある企業などと連携することで、スポーツビジネスのエコシステム(生態系)を形成することです。ワトソンなどIBMが保有するテクノロジーを使って、イノベーションの種を日本のスポーツ市場にまいて産業成長に貢献したいのです」

―― 具体的には、日本ではどの領域から展開していきますか。

「日本のスポーツ産業成長の鍵といわれる『スタジアム・アリーナ』は、我々にとっても注力領域です。今後、日本でもスタジアム・アリーナはどんどん建設されますが、ここでIBMが何ができるかが重要だと思っています」

「米国では、17年シーズンからプロアメリカンフットボール(NFL)のアトランタ・ファルコンズが本拠地とする新スタジアム『メルセデス・ベンツ・スタジアム』で、IBMはテクノロジーパートナーを務めました。Wi-Fi(ワイファイ)などIT(情報技術)インフラだけでなく、駐車場から座席への誘導など動線設計を含めて顧客体験を設計しました」

「我々は『IBMスポーツ 360/365』と呼んでいますが、360度(ゲームの前・当日・終了後)、そして365日、顧客と向き合って体験を提供するためのフォーマットを持っています。日本でもスタジアムのテクノロジーパートナーとなるのが、私の第1弾の仕事です。今はそれに向けて種まきをしている段階です」

[注]IBMはワトソンを「コグニティブコンピューティング」と定義し、AIとは明確に区別している。コグニティブコンピューティングは、自然言語などを理解・学習して人間の意思決定を支援するシステムである。ただ、近年はAIの概念が広がっているため、一般にはワトソンもAIの一種とみられている。

(日経BP社デジタル編集部 内田泰)

[スポーツイノベイターズOnline 2017年4月14日付の記事を再構成]

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