「きもの」から「KIMONO」へ 活路はメンズにあり
伊藤元重 矢嶋孝敏 共著「きもの文化と日本」(3)
きものの素材といえば絹。しかし、高額な素材を使うことで、「きものが高いことを正当化してきたともいえる」と、呉服大手やまと会長の矢嶋孝敏氏は批判します。「いろんな素材があれば、まだまだ面白いことができるはず」「(着こなしも)もっと自由に楽しんでいい」と、きものの可能性を説く矢嶋氏。経済学者の伊藤元重氏との対談をまとめた「きもの文化と日本」(日経プレミアシリーズ)から、前回掲載「きものを世界遺産に?『死んだ文化』では生き残れない」に引き続き、きものの未来についての討論を抜粋、ご紹介します。
着物からKIMONOへ
伊藤この写真は、矢嶋さん自身がモデルになってるんですね。蝶ネクタイで、ブーツを履いてるわけですか。
矢嶋 きもののなかにピンタックのワイシャツを着て、ボウタイを結んでる。この羽織はレースなんだけど、紐(ひも)でなく、チェーンでとめてる。この写真ではブーツを履いてますが、夏場はレペットのバレエシューズにすることが多いかな。僕だって葬式は紋付きの羽織袴で出ますよ。だけど、パーティだとか、どこかで講演するとか、その程度のフォーマルなら、これぐらい崩してもかまわないと思う。
伊藤 いいですねえ。足袋や草履まで新規に買わなくていい。いまもってるサンダルでいいとなれば、小物の数が減らせますもんね。さっきのブルーデイジーだって、襦袢が必要ないわけだし。
矢嶋 小物を揃えなくていいというのも、「着やすさ」の条件だよね。それだけでも敷居は下げられると思う。
伊藤 それにしても、従来のきもののイメージとはずいぶん違いますね。
矢嶋 きものは4段階で変化してきたと、僕は考えているんです。まずは、江戸時代に小袖が定着したときに「着物」が生まれた。近代に入ると洋服が入ってきて、着るものイコール和服ではなくなった。だけど、音だけは残って、その後も和服のことを「きもの」と呼び続けた。戦後は硬直したけど、1980年代に少しだけ新しい試みがあって「キモノ」が登場し、そして平成22年(2010年)ぐらいから、まだ誰も見たことのない「KIMONO」が現れつつある。
伊藤 矢嶋さんがモデルをやってる写真なんて、誰も体験してない世界ですよね。こういうのがKIMONOなんですかね?
矢嶋 うん。「ゲスの極み乙女。」の衣装を、うちのDOUBLE MAISONとY.&SONS(ワイ・アンド・サンズ)のなかからスタイリングしたんだけど、誰も見たことのないKIMONO姿だと思う。きものはファッションだから変化すべきだし、そのほうが絶対に面白いよね。
(編注:「Y.&SONS」は2015年に立ち上げたメンズブランド。同年にはユニセックスの「THE YARD」も立ち上げた)
メンズの可能性
伊藤 新ブランドはメンズか……。僕も柔道着の帯ぐらいは結べますけど(笑)、男の人の帯って、女の人の帯ほどは難しくないんですかね。
矢嶋 ユーチューブを見れば、自分でおぼえられます。女性の場合、1回は誰かに結んでもらわないと無理。男性の場合はいきなりユーチューブでOK。僕はボウタイの結び方をユーチューブでおぼえたけど、帯のほうが簡単だよ。
伊藤 ということは、「着にくさ」の面では、男性のきもののほうがハードルは低いということになりますね。
矢嶋 まったくその通り。Y.&SONSを始めるとき、「最初の3年間は悲惨だろうな」と覚悟していたわけ。ところが、1年で完全にテイクオフした。こんなにメンズがうまくいくとは予想してなかったんだけど、その理由は帯にあったと思う。
伊藤 やっぱり最大のネックは帯なんだなあ。メンズのきものは可能性ありますね。
矢嶋 Y.&SONSのリアルショップは神田明神鳥居横に1店舗だけなんだけど、平成28年(2016年)に新宿伊勢丹のメンズ館で2週間だけ出店したの。そしたら、これが大盛況で。きものと帯と襦袢だけY.&SONSからもっていって、小物とか帽子は伊勢丹メンズ館の品揃えのなかから、伊勢丹のバイヤーと一緒に選ばせてもらった。
伊藤それは呉服売り場じゃなしに。
矢嶋 違うんです。洋服の伊勢丹メンズとコラボして、1階でやった。ものすごく売れたの。伊勢丹の商品も売れるわけだから、向こうも喜んで、その場で「今度はパリでやりましょうか」となった。
伊藤 フランスできものを売るわけですか?
矢嶋 エッフェル塔の近くにパリ日本文化会館があるんだけど、そこで伊勢丹がやるアンテナショップに入れてみないかと。DOUBLE MAISONがいいんじゃないかと思ったけども、帯の問題があるので、いまひとつ自信がない。だから、Y.&SONSから羽織を中心に出すことにした。羽織なら、外国人でもジャケットと同じ感覚で着れるでしょう。
伊藤 Y.&SONSも反物で見せてテーラーメイドですか?
矢嶋 一部のコートを除いて、基本的にはすべてテーラーメイドです。「きものテーラー」と名付けてるぐらいで、そこは譲れない。シーズン時のゆかたですらプレタポルテは扱わない。ただ、テーラーでも2週間後のお渡しだから、かなり早いと思うけどね。
伊藤 どんな感じの商品が売れ筋ですか?
矢嶋 江戸の伝統である縞(しま)模様にこだわってる。江戸っ子が着ていたのが縞の木綿でしょう。だから遠州木綿や片貝木綿をストライプの模様にして売ってる。縞の木綿で男物って、いまどこにも見つからない。そこに力を入れた。神田に店をかまえているのも、江戸のきものを復活させたい思いがあるから。
東京大学名誉教授、学習院大学国際社会科学部教授。1951年静岡県生まれ。東大経済学部卒業。ロチェスター大学ph.d。専門は国際経済学。政府の経済財政諮問会議民間議員などを兼務。
矢嶋孝敏
やまと会長。1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政治経済学部卒業。88年きもの小売「やまと」の社長に就任、2010年より現職。17年に創業100周年を迎える同社できもの改革に取り組む。
第2回「きものを世界遺産に?「死んだ文化」では生き残れない」、第4回「日本初『製造小売り』の風雲児 きものを物語で売る」もあわせてお読みください。
「きもの文化と日本」記事一覧
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