きもの文化と日本

「きもの」から「KIMONO」へ 活路はメンズにあり 伊藤元重 矢嶋孝敏 共著「きもの文化と日本」(3)

2017/7/26

メンズブランド「Y.&SONS」は縞の木綿にこだわっている

きものの素材といえば絹。しかし、高額な素材を使うことで、「きものが高いことを正当化してきたともいえる」と、呉服大手やまと会長の矢嶋孝敏氏は批判します。「いろんな素材があれば、まだまだ面白いことができるはず」「(着こなしも)もっと自由に楽しんでいい」と、きものの可能性を説く矢嶋氏。経済学者の伊藤元重氏との対談をまとめた「きもの文化と日本」(日経プレミアシリーズ)から、前回掲載「きものを世界遺産に?『死んだ文化』では生き残れない」に引き続き、きものの未来についての討論を抜粋、ご紹介します。




■着物からKIMONOへ

きものの下にはワイシャツとボウタイ

伊藤 この写真は、矢嶋さん自身がモデルになってるんですね。蝶ネクタイで、ブーツを履いてるわけですか。

矢嶋 きもののなかにピンタックのワイシャツを着て、ボウタイを結んでる。この羽織はレースなんだけど、紐(ひも)でなく、チェーンでとめてる。この写真ではブーツを履いてますが、夏場はレペットのバレエシューズにすることが多いかな。僕だって葬式は紋付きの羽織袴で出ますよ。だけど、パーティだとか、どこかで講演するとか、その程度のフォーマルなら、これぐらい崩してもかまわないと思う。

伊藤 いいですねえ。足袋や草履まで新規に買わなくていい。いまもってるサンダルでいいとなれば、小物の数が減らせますもんね。さっきのブルーデイジーだって、襦袢が必要ないわけだし。

矢嶋 小物を揃えなくていいというのも、「着やすさ」の条件だよね。それだけでも敷居は下げられると思う。

伊藤 それにしても、従来のきもののイメージとはずいぶん違いますね。

矢嶋 きものは4段階で変化してきたと、僕は考えているんです。まずは、江戸時代に小袖が定着したときに「着物」が生まれた。近代に入ると洋服が入ってきて、着るものイコール和服ではなくなった。だけど、音だけは残って、その後も和服のことを「きもの」と呼び続けた。戦後は硬直したけど、1980年代に少しだけ新しい試みがあって「キモノ」が登場し、そして平成22年(2010年)ぐらいから、まだ誰も見たことのない「KIMONO」が現れつつある。

伊藤 矢嶋さんがモデルをやってる写真なんて、誰も体験してない世界ですよね。こういうのがKIMONOなんですかね?

矢嶋 うん。「ゲスの極み乙女。」の衣装を、うちのDOUBLE MAISONとY.&SONS(ワイ・アンド・サンズ)のなかからスタイリングしたんだけど、誰も見たことのないKIMONO姿だと思う。きものはファッションだから変化すべきだし、そのほうが絶対に面白いよね。

(編注:「Y.&SONS」は2015年に立ち上げたメンズブランド。同年にはユニセックスの「THE YARD」も立ち上げた)

■メンズの可能性

伊藤 新ブランドはメンズか……。僕も柔道着の帯ぐらいは結べますけど(笑)、男の人の帯って、女の人の帯ほどは難しくないんですかね。

矢嶋 ユーチューブを見れば、自分でおぼえられます。女性の場合、1回は誰かに結んでもらわないと無理。男性の場合はいきなりユーチューブでOK。僕はボウタイの結び方をユーチューブでおぼえたけど、帯のほうが簡単だよ。

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