きものを世界遺産に?「死んだ文化」では生き残れない
伊藤元重 矢嶋孝敏 共著「きもの文化と日本」(2)
呉服大手やまと会長の矢嶋孝敏氏は、「わかりにくさ」「着にくさ」「買いにくさ」が原因となり、きものから消費者が離れていったと指摘します。結果、客単価を高く設定できる「フォーマル一辺倒」となり、きものは変化を失います。経済学者の伊藤元重氏と矢嶋氏による対談をまとめた「きもの文化と日本」(日経プレミアシリーズ)から、前回掲載「昔の花火大会、ゆかた姿はなかった 『制服化』のなぜ」に引き続き、 きもの文化が生き残るための道についての討論をご紹介します。
伊藤 お話をうかがってると、いまもっとも求められているのは変革ですね。
矢嶋 変革です。きもの業界の人は「伝統」という言葉を安易に使いすぎてると思う。そもそも伝統って、変革のなかで生き残ったもののことだからね。
伊藤 最初から伝統を作る人なんて存在しない。
矢嶋そうそう。市松(いちまつ)模様ってあるでしょう。佐野川市松って18世紀なかばの歌舞伎役者がいて、彼が着た衣装からこの名がついた。だけど、この模様を考案した人も、伝統を作ろうなんて考えなかった。格好いいデザインを生み出したら、それが最先端の流行になり、結果的に伝統として生き残っただけの話。
伊藤 しかも、ルイ・ヴィトンが真似してますからね。
矢嶋 19世紀末の日本ブームのときに市松模様を発見したんじゃないかな。いまやルイ・ヴィトンといえばダミエ柄で、世界的な伝統になっちゃった。
「見る文化」と「やる文化」
伊藤 きものに変革が見られなくなったのは、それだけ伝統のマーケットが大きかったということなんでしょうね。
矢嶋 大きかった。「伝統なるもの」だけで食っていけるほど大きかった。だけど、変革がまったくないがために、きものは特殊文化になっちゃった。生きた大衆文化じゃなくなった。きものに限らず、お茶やお花もそうだけど、これ以上、特殊化していったら、どれも残らないと思います。
伊藤 どうして大衆文化でないと生き残れないんですか?
矢嶋 ただ見るものになって、自分が参加しなくなるからね。アメリカンフットボールが日本で普及しないのは、あれは見るものであって、やるものじゃないからでしょう。自分でやらないから、裾野が広がっていかないわけ。それに比べて水泳は、オリンピックで見る一方、自分もプールに通う。ピンポンだってそう。
伊藤 ピアノも同じですよね。プロの演奏を聴く一方で、自分でも弾いたりする。すると、ピアノ教室という新しいビジネスも生まれてくる。関連したマーケットが広がっていくわけですね。
矢嶋 水泳は「やるもの」だから、水着もゴーグルもいろいろ新商品が出てくるし、スイミングスクールもたくさんできる。筋肉を鍛えるためのマシンだって発売される。「見る文化」と「やる文化」では、市場規模がケタ違いなんです。
伊藤 じゃあ、「きものを世界遺産に」なんて風潮に対しては……。
矢嶋 抵抗があります。遺産では、死んだ文化だからね。和食もそうですが、生きた文化のまま、産業化することで生き残る道を探さないと。
東京大学名誉教授、学習院大学国際社会科学部教授。1951年静岡県生まれ。東大経済学部卒業。ロチェスター大学ph.d。専門は国際経済学。政府の経済財政諮問会議民間議員などを兼務。
矢嶋孝敏
やまと会長。1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政治経済学部卒業。88年きもの小売「やまと」の社長に就任、2010年より現職。17年に創業100周年を迎える同社できもの改革に取り組む。
第1回「昔の花火大会、ゆかた姿はなかった 『制服化』のなぜ」では、きもの産業の現状と課題について語り合ってもらいました。第3回「『きもの』から『KIMONO』へ 活路はメンズにあり 」とあわせてお読みください。
「きもの文化と日本」記事一覧
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