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きもの文化と日本

日本初「製造小売り」の風雲児 きものを物語で売る 伊藤元重 矢嶋孝敏 共著「きもの文化と日本」(4)

2017/8/9

 全体の7割近くがオリジナル商品で、そのほとんどをメーカーに直接発注しているという呉服大手やまと。いまなお問屋が力を持つという、きもの小売の世界では異色の存在です。業界の流れに抗してきた、やまと会長の矢嶋孝敏氏と経済学者の伊藤元重氏による対談をまとめた「きもの文化と日本」(日経プレミアシリーズ)から、前回掲載「『きもの』から『KIMONO』へ 活路はメンズにあり 」に引き続き、きもの業界の構造問題についての討論を抜粋、ご紹介します。




■なぜSPAだったのか

伊藤 どうしてやまとの場合は、問屋をスキップして、メーカーと直接つながることができたんですかね?

矢嶋 先生はよくご存知でしょうけど、僕はもともと、きもの業界の出身じゃないからね。大学を出てから2年間、イトーヨーカ堂で小売りの基本を教えてもらったあと、役員としてやまとに入社した。でも、4年で辞めることになる。先代社長である父とうまくいかなかったの。向こうは直観で勝負する天才肌、こっちはまず理屈から入るタイプだから、そりが合わなかった。

伊藤 それで子供服のブランドを立ち上げる。

矢嶋 もうやめちゃったけど、「アイドル」という子供服のブランドね。SPAって言葉があるでしょう。製造小売業って訳すけど、企画・製造から手がける小売りのこと。ユニクロを例に出すまでもなく、いまやアパレルでは普通のことになったけど、じつはSPAって言葉を日本で最初に使ったのは僕なんですよ。

伊藤 最初に使ったって、どういうこと?

矢嶋 衣料で世界注目の小売りといえばGAPだった。GAPが日本に上陸するのは平成7年(1995年)だから、僕がアイドルをやっていたのは、そのだいぶ前なんだけど。当時GAPのアニュアルレポートを読んでいたら、SPAって造語を発見して。これは日本でも導入すべきだと。

伊藤 アイドルの時代から、企画・製造まで手がけて?

矢嶋 けっこう苦労したけどね。だって、10店規模でないと、オリジナルのシャツが作れない。30店規模でないと、オリジナルの靴下が作れない。50店規模でないと、靴の木型が作れない……。企画・製造するためには、それなりの規模が必要になってくる。最終的には300店まで増えたから、何とかなったけど。

伊藤 じゃあ、やまとに社長として戻った時点で、きものにSPAをもち込むことを意識していたと。

矢嶋 そういうことです。きものの流通形態を見て、なんて古いんだと思った。洋服はどんどんSPA化して、低価格カジュアル路線を突き進んでいる。きものもSPA化すべきだという問題意識があった。

伊藤 きもの業界の外の人間だから、問題がクリアに見えたわけですね。

矢嶋 値段を下げるのはもちろんなんだけど、ファッション化・カジュアル化したくても、問屋に魅力的な商品がないわけ。フォーマル中心のきものしか置いていない。まあ、8色のゆかたなんて、どこも作ってなくて当然だけど(笑)。ないなら、自分で作るしかない。業界全体の流れに逆らう以上、SPA化は必然だった。

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