作曲家・藤倉大 1日だけの音楽祭「ボンクリ」を企画
5月4日、東京芸術劇場で
ボンクリ。池袋の東京芸術劇場がロンドンを本拠に世界で活躍する作曲家、藤倉大(1977年~)をアーティスティック・ディレクターに迎えて新たに立ち上げるフェスティバルの略称は、ちょっと不思議に響く。フルネームは、ボーン・クリエーティブ。「人はみな、生まれつきクリエーティブだ」との主張をこめ、藤倉が「今の時代の音楽をより多くの人々に楽しんでいただきたい」と企画した5月4日、1日だけのフェスティバルだ。
核となる催しは午後5時半からの「スペシャル・コンサート」。デヴィッド・シルヴィアンと藤倉のコラボレーション作品、坂本龍一の新作それぞれの実演での世界初演、大友良英の新作世界初演、坂本作品(藤倉編曲)のアンサンブル版世界初演、藤倉のフルート協奏曲のアンサンブル版日本初演、20世紀後半の音楽界に足跡を残した武満徹とブルーノ・マデルナの再演……。ジャンルを超えた作品群がクラシックのアンサンブル、独奏・独唱、邦楽器、エレクトロニクス、即興など多彩な表現手段で奏でられる。
演奏者は佐藤紀雄指揮のアンサンブル・ノマド、雅楽の伶楽舎、フルートのクレア・チェイス、ソプラノの小林沙羅ら。大友はターンテーブル、藤倉はエレクトロニクスで加わる。面白いのは、すでに世に出た作品を異なる形で再現する試み。シルヴィアン作品は「男声だと彼のコピーになってしまう」として、ソプラノの小林のために藤倉が譜面に手を入れた。藤倉のフルート協奏曲は最初、名古屋フィルハーモニー交響楽団の委嘱作として大オーケストラ用に書いたが、米ミネソタ州のセントポール室内管弦楽団のためにアンサンブル用のスコアをつくり、チェイスが世界初演した。
入場料をS席3千円、A席2千円と割安に抑えただけでなく、チケット購入者は午前11時から午後5時まで芸術劇場内のあちこちで行われる「デイタイム・プログラム」も鑑賞できる(ワークショップ・コンサートは事前申し込み、未就学児のための「スクリームの部屋」は5百円の入場料と事前申し込みがそれぞれ必要)。中でもワークショップ・コンサートの一つとして企画され、フルートのチェイスが演奏する「ポーリン・オリヴェロスの部屋」には、藤倉の強い思い入れがある。
昨年11月に84歳で急死した米国の女性作曲家、オリヴェロスのことを藤倉は高く評価していた。「西洋音楽の根本には『見せつける』要素が強いが、オリヴェロスは全く違った。いわば観客参加型の音楽だから、フェスティバルにもぜひ、参加してほしかった」
藤倉がボンクリを立ち上げた背景には、2つの伏線がある。1つは東日本大震災の被災地である福島県相馬市で続けてきた、5歳から高校生までを対象にした作曲教室。何年か継続してわかったのは「すべての人間は子どものころ、『新しい音楽』『新しい音』が好きだ」という事実。「中でも5歳くらいが一番すごい。『変な音』が大好き」という手応えを得た。大半の人々が成長するにつれ、子ども時代の想像力や創造力を失うなか、藤倉は「大人になっても5歳のままクリエーティブでいる人たちの作品を、0歳児から大人まで楽しめるイベント」を思いつく。
直接のきっかけとなった、もう1つの伏線は昨年、有楽町の東京国際フォーラムを中心に行われる「ラ・フォル・ジュルネ(「熱狂の日」音楽祭)・オ・ジャポン」を訪れ、自作の演奏に立ち会ったことだった。「自然に集まってきた人々がつながり、1日でこれだけの音楽を聴ける」さまに受けた感銘が、池袋のボンクリに発展した。
藤倉は今年のベネチア・ビエンナーレ音楽部門で、イノベーションを起こしている革新的作曲家に与えられる銀獅子賞を授かった。ベネチア・ビエンナーレ音楽祭2017会期中の10月7日、藤倉は「ホルン協奏曲第2番」の完全版を福川伸陽のホルン独奏と杉山洋一指揮パドバ・ベネト管弦楽団により、世界初演する予定。
最後に、純音楽の分野で高い評価を得ながら、ポピュラー音楽とのコラボレーションにも熱心な理由を尋ねてみた。
「ポップミュージックの人たちには『本当に売れないといけない』切迫感がある。これって実は、クラシックや現代音楽にも求められている感覚なんですよ」。だからボンクリの間口は広く、敷居は低く、奥行きは深く、理想はとてつもなく高い。
(コンテンツ編集部 池田卓夫)
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