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どんどん出世したい、と思っていても、最初に入った会社で挫折を感じることは珍しくありません。たとえば、学生時代に就職活動を頑張って良い会社に入り順風満帆。そう思っていたら、深刻な挫折を感じてしまうことがあります。

今回はその中でも、希望していた企業に就職できたものの、そこで立ち止まってしまったケースを紹介します。

ケース:一番手企業に入ったら順風満帆だと思っていた

「大学が二番手私立だったから、せめて就職先は一番手にいきたい、と思って超大手を目指したんですよ。ある意味、コンプレックスだったのかもしれません。高校は地域一番校だったけれど、大学はそうじゃなかったんで。だから対策は必死でがんばりました。内定の電話をもらったときは、予想通り涙が出ましたよ。

入社式では、日経新聞で良く名前を見る社長や役員が出てきて、仲間扱いしてくれてとても嬉しかったです。新人研修では、まさにエリートって感じの先輩たちが仕事の進め方や勘所とかを教えてくれて、ああ、こんな人になりたいと本気で思えました。

同期たちもすごく優秀でした。グループディスカッションでは、ハッと驚くような切り口での意見がどんどん出てきていて、僕はどちらかといえば、うなずくばかり。たまに意見を求められてもつい下を向いて口ごもることが多かったかな。けれども、そんな人たちの仲間になれたことがとても嬉しかったんです」

私が講義を担当するマネジメントスクールの懇親会で、まだ20代前半とおぼしき受講生の一人がそんな風に話してくれました。私は彼の口から、今の会社でがんばっていきたいという意気込みが聞けるのだろうと思っていました。しかし彼の言葉は違ったのです。

「でもわかったことがあるんです。周りが優秀すぎて、僕は多分、どれだけ頑張ったところで課長にもなれないんだろうなって。今日のマネジメントスクールの講義みたいに、社外ならいいんですよ。株式会社〇〇で働いていますっていうと、みんなすごいなぁって言ってくれる。けれども、会社に戻ったら僕なんて一兵卒以下です。まだ入社して3年目だっていうのに、もう後輩にすら抜かされそうですからね……僕はどうすればいいんでしょう?」

今の環境を楽しめなければ朝起きることもできなくなる

彼の問いかけに、私は一呼吸おいて、慎重に回答をすることにしました。

実は私は、彼がおかれている状況で将来課長にもなれなさそうだという考えや、後輩に追い越されそうだという事実については、さほど深刻には感じませんでした。なぜなら、入社3年目の時点で本人が課長になれなさそうだと思っていたとしても、それはただの思い込みでしかない可能性が高いからです。また、後輩に追い越されたとしても、先進的企業であれば、チャンスは何度も与えられます。だから挽回は決して不可能ではないのです。

彼の状況で最も深刻なことは、希望した会社の環境を楽しめなくなっている点にありました。なぜなら、現在置かれている環境を楽しめなくなっている場合に、人の心はモチベーションを失ってしまいます。それも、最も重要なモチベーションであるイントリンシック(本来所有しているはずの)モチベーションを。

イントリンシックというと聞きなれない言葉だと思うかもしれません。けれどもマネジメントについての勉強をしたことがある人なら、「内発的動機付け」という言葉を聞いたことがあるでしょう。実は内発的動機付けとは、イントリンシック・モチベーションの訳語です。そして訳されることによって、若干、ニュアンスが変わってしまっているのです。

人は誰しもモチベーションをもって働いています。それが自己実現などの前向きなものであるとか、とにかく生きるための金を稼ぐためであるとか、理由はさまざまであったとしても、自分の意志で朝起き上がらなければ、仕事には向かえません。それゆえに、そこで維持されているモチベーションは「内発的」であるというよりは、「生きるために人が本来持っている」モチベーションだと言った方がわかりやすいのではないでしょうか。

しかし環境を楽しめなくなると、このモチベーションが崩れてしまいます。そうすると、朝起きて仕事に向かうということそのものができなくなる可能性すらあります。だからその状況に対して適切な助言をしなければいけないと感じました。

どう助言すれば彼は立ち直れるのか

あなたなら、彼の問いかけに対してどのように答えるでしょうか? たとえば以下の3つから選んでみてください。

(1)「せっかく良い会社に就職したんだから、じっくり頑張ってみなよ。うじうじしてたらもったいないよ」と奮起をうながす。
(2)「3年勤めたんだから、ここらでひとつ転職を考えてみたら?実際に転職しなくても、いつでも転職できるんだ、と思えば気も楽になるよ」と紹介会社への登録を勧める。
(3)「せっかくなんだから社外の知人・友人たちと、仕事とは関係のないことをやってみたら? 起業とまではいかなくても、副業として考えて実績ができれば、自信にもつながるって」と、視点の切り替えをうながす。

(1)の助言は正論です。ただし、この助言に耐えられるのは、レジリエンス(精神的耐久力)が高い人に限られるような気もします。また、正論であるがゆえに、相手の心の中に(そんなことわかってるよ!)という反発を生んでしまう可能性があります。

(2)の助言は、キャリアに悩む人に対して最近、増えてきているタイプの助言です。確かに、今の会社にしがみつかなくても良いんだ、と思えるようになれれば、精神的にも楽になります。一方、今の会社が良すぎる場合には、どうしても格落ち転職に見えてしまう危険性もあります。

(3)はあまり具体的とは言えない助言ですが、マネジメントスクールの受講生の中には、こういった助言によって実際に起業に成功した人たちがいることも事実です。ある意味で、優秀さの定義を変更することにもなるので、刺さる人にはむちゃくちゃ刺さることでしょう。

これらの助言を固めの言葉で言い換えると以下のようになります。

(1)の助言は、ストレスを乗り越えることによる成功体験の醸成をうながすものです。

(2)の助言は、労働市場における自分の現在価値を知ることで選択の確度をあげるものです。

(3)の助言は、思考の転換を促すことでストレスそのもの消してしまうものです。

いずれの助言も、うまく刺さればとても有効ですが、私が実際に行った助言は違いました。

イントリンシックという言葉の本質に立ち戻る

実際の私の助言はこういうものでした。彼からの回答を記さずに、あえて私の助言だけを列記してみますので、間に彼がどんなことを話したかは想像してみてください。

「なるほど。周りの人が優秀だと、自分が劣って見えるときはあるよね。じゃあどんなときに、周りの人の優秀さを感じるの?」

「そりゃ優秀だね(笑)君はそんな彼らと一緒に仕事をしていて、どんなことをしていたの?」

「すごいじゃない。じゃあ彼らはもちろん優秀なんだろうけれど、君も成果には貢献してきたってわけだね。そもそもその仕事って、どんなきっかけで携わることになったの?」

「会社のブランド力でとれた仕事ってことだけれど、もうどれくらい続いてる案件だっけ。1年半? だとしたら、参画している君たちの貢献もあったんじゃない?」

「あ、そろそろお開きの時間か。じゃあ次の講義の後の懇親会で、君が今の案件でどんなことをしてきたのか、僕に自慢してよ。楽しみにしてるから」

実際に私が行った助言は、質問と繰り返し、でした。

これはコーチングにおける傾聴の手法を用いたものです。

実はモチベーションを失いかけている人に対して、外部から何らかの働きかけを行って、モチベーションを復活させることは、ほぼ不可能です。外部からどう働きかけても、彼自身が周囲の人たちよりも自分が劣っている、と思い込んでしまっている「思い」は変えられません。また会社が実際に後輩を彼より先に昇進させたとして、その異動判断を変えさせることもできませんから、彼の中の、後輩に追い抜かされた、という「思い」はやはり消えません。

しかし、自分自身が生み出してきた成果を思い出し、そのために行ってきた行動を思い出し、それらについての価値を第三者(この場合は私)に認められることがあれば、自分の価値を思い出すことができます。そうすることで、人が本来持っている、イントリンシックなモチベーションを復活させることができます。そうして、現在置かれている環境を楽しみ続けることができれば、目の前の挫折は、乗り越えるべきただのハードルに変わるのです。

だからこそ、挫折を感じた時には、まず信頼できる誰かに、とにかく話を聞いてもらうようにすればよいのです。たったそれだけで、出世戦略の確度は大きく上がるのですから。

平康慶浩
セレクションアンドバリエーション代表取締役、人事コンサルタント。
1969年大阪生まれ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得。アクセンチュア、日本総合研究所をへて、2012年より現職。大企業から中小企業まで130社以上の人事評価制度改革に携わる。大阪市特別参与(人事)。

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