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満点から赤点に 自由謳歌した慶応女子高 星野朝子・日産自動車専務執行役員が語る(上)

2017/4/10

日産自動車の国内事業を統括する星野朝子専務執行役員(56)は、中学受験で慶応義塾中等部に入り、慶応義塾女子高校、慶応義塾大学と進んだ。その後、米国の名門ノースウェスタン大学大学院で経営学修士(MBA)をとり、カルロス・ゴーン現会長が一目ぼれするほど優秀なビジネスパーソンだが、中高時代はテニスとスキーに明け暮れて、ほとんど勉強はしなかったという。

中学受験は楽しかった。

小学5年生から中学受験の勉強を始めました。4年生まで九州で育ち、中学受験とは無縁の暮らしをしていましたが、4年生の途中で父親の仕事の関係で東京に引っ越し、そこから生活もガラッと変わりました。中学受験を始めた当初は、なにしろ九州の自然の中で毎日のんびり遊んでいただけの小学生でしたので、成績は鳴かず飛ばずでした。しかし、何かやり始めると夢中になるタイプでしたので、成績はどんどん上昇し、上昇すると楽しくなって、さらにまた勉強し、塾でも友達がたくさんできて、受験勉強は全然苦ではありませんでした。

受験した中学は、慶応中等部の他3校。全部合格しました。

学校を決める際には、親は「好きなところに行っていいよ」と言ってくれたのですが、そう言われても小学6年生にすぐに判断できるわけもなく、担任の先生など周りの大人に相談し、特に担任の先生が慶応中等部を強く推薦してくれたこともあって、慶応にしました。

最後は自分で決めたと大人になるまで思っていたのですが、実は親の思い通りになっていたことを最近になって知りました。私が担任の先生に相談した後、担任が母親に電話し、「お嬢さんに相談されたのですが、どう答えればいいでしょうか」とアドバイスを求めた際、母親は、私の性格を考えると慶応がいいのではないかと答え、担任も同意して私に慶応を薦めたというのが真相だったようです。

中学までは成績は優秀だった。

慶応義塾中等部の生徒は、ほとんどがエスカレーター方式で慶応義塾大学まで行きます。ですから、入るのは大変ですが、入ってからは比較的のんびりとしています。校風も非常に自由で、先生たちも、何事も生徒の自主性に任せてくれていました。

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