陰るトランプ相場 次のショックに備えよ(渋沢健)コモンズ投信会長

2017/4/10

カリスマの直言

「トランプ米大統領の看板公約である医療保険制度改革法(オバマケア)代替案が撤回に追い込まれたことで、トランプ相場への過度な期待もはげ落ちた」

Stunning Defeat――。3月下旬、トランプ米大統領の看板公約である医療保険制度改革法(オバマケア)代替案が撤回に追い込まれた。筆者はこのときちょうど米国に出張中で、テレビニュースの見出しが冒頭の文言だった。

Stunningは「素晴らしい」という日本語訳もある。しかし、今回の場合は「(気絶するほど)大きな」敗北と訳すのが正しい。背景には与党・共和党の保守強硬派の反対があり、トランプ政権の政策実行力に疑問符が付くとともに、株式市場が期待していた大型減税やインフラ投資も共和党内でコンセンサスを得ることは難しいという見方が広まった。なぜなら、共和党の保守強硬派は政府の債務増につながるような大型減税やインフラ投資に否定的だからだ。

つぶやきだけでは国の政策を変えることはできない

やはり、ツイッターのつぶやきだけでは、国の政策を変えることはできない。米ダウ工業株30種平均は昨年11月の大統領選挙以降の上昇で、今年2月下旬に過去最高値を更新したが、トランプ相場への過度な期待がある程度、はげ落ちるのは当然だろう。大統領選からおよそ5カ月。トランプ相場は陰りつつあるようだ。

足元では世界の地政学リスクを意識せざるを得ない。米軍は化学兵器を使ったとみられるシリアのアサド政権に対し、巡航ミサイルで軍事拠点を攻撃した。トランプ氏は指導者として全く経験がない安全保障の分野に飛び込むことを決断したようだ。世界の不確実性は高まった。

30年以上、市場と向き合っている立場から言うと、株式相場に短期的な変動は付きものであるということだ。相場は市場参加者の心理状態を表す恐怖と欲望のバロメーターである。大統領選の結果は、多くの参加者にとって、予想外だった。「まさかトランプ氏が当選するわけがない」「まさか株式市場が好感するわけがない」と思い込んでいた。

ところが、相場は上昇した。そのとき機関投資家の頭によぎったのは「持たざるリスク」である。いうまでもなく、機関投資家は投資のプロだ。株式を持っているときに相場が下がると確かに苦しいが、ある程度は、耐えられる。相場は下がることもあるし、先行き上昇した場合は利益が出る。しかも他のプロも株式を保有していれば、言い訳もできる。

3月11日のコモンズ投信設立8周年記念イベントで。ユニ・チャーム社長の高原豪久さんに経営方針についてうかがった

しかしながら、株式を持っていないときはどうだろう? 相場が下がっても損をしない代わり、もし相場が上がり続ければ取り返しのつかない機会損失になる。つまり、持っていないことは投資のプロの仕事をしていないことになる。これは耐えられない苦しさだ。米国の運用業界では特に年末に向けてボーナスの査定が決まる。米大統領選直後もこうした「持たざるリスク」への恐怖が一気に広がり、買いが殺到したと想像できる。

年が明け、このような恐怖の買いが一巡すると、今度は欲望のスイッチが入る。株式を持っている状態なので、当然ながら株価の上昇を強く望むようになる。良い経済データ、企業業績のニュースや思惑を好感し、芳しくないニュースを軽視するバイアスが市場で広まる。

市場に欲望のスイッチが入ったら注意

だが、あるタイミングで良いニュースに株価の反応が鈍くなってくる。むしろ悪いニュースに敏感に反応するようになり、相場は調整気味になる。ちょっと不安の芽が出てくるが、他のプロも株式を持っているし、相場はいずれ上昇するはず――。実は、このような状態が「ショック」に一番もろい。一斉に恐怖のスイッチが入りやすいからだ。

現在の株式相場が、この状態になっているかは正直わからない。米国の雇用や消費関連など、経済データは堅調な内容なので相場は今のところ大崩れしないで済んでいる。しかし、いつか必ず楽観は消え、相場は崩れる。これははっきりしている。なぜなら、過去に何回もそんな状況が起こっているからだ。

トレーダーや短期的な値ざやを狙う投機筋であれば、市場の恐怖と欲望のサイクルをとらえて、ポジションを取る必要があるだろう。しかしながら、逆説的に聞こえるかもしれないが、長期投資家は株価の下落を想定して銘柄を選んでいる。

長い年月をかけて投資を継続する立場なので、良いときもあれば、悪いときもあるということがわかっている。良いときが永遠に継続することがないように、悪いときも永遠に継続するわけではない。だからこそ、長期投資家にとって大事なことは、持続的に価値創造できる企業を見極めることだ。自分が価値を信じる企業の株価が上がることは喜ばしいが、株価が下がっても構わない。自分が価値を信じる企業の株価が下がれば、それは「バーゲン」というからだ。追加で株式を購入するチャンスになる。

長期投資家にとって「ショック」は買いのチャンス

そういう意味では、生活用品の買い物と長期投資の行動は似ている。自分が信じる価値より価格が高ければ買いを控える。逆に安ければ買いに動く。本来的な価値を念頭に価格の適性を判断することがアクティブ投資の本質だ。

ただ、ややもすると一般投資家は「価値」を「価格」と混同してしまう。価格が上がれば価値が高まったと喜ぶ一方、価格が下がれば価値も低くなったと嘆いてしまう。株価が高いものが良いと評価し、低いものは悪いと判断してしまうので、価格が高い状態で買い、安い状態で売る投資行動に陥りがちになる。

3月下旬に渋沢栄一記念財団がハーバード・ビジネス・スクールとカナダのトロント大学で共催したシンポジウムで登壇した

筆者の30年強の運用経験で気になることがある。「7」だ。明確な根拠があるわけではないが、「7」で終わる年は市場にとって不吉だと感じている。1987年は秋にブラックマンデーがあった。97年は夏にアジア通貨危機が発生した。同年末には「日本ではありえない」といわれていた都市銀行の破たんが起きた。そして、2007年は仏BNPパリバが一部ファンドの解約を停止した「パリバ・ショック」が起き、翌年のリーマン・ショックにつながった。17年の今年は果たして大丈夫だろうか。

ただのジンクスで当てにならないとの意見もあろう。しかし、いずれ起こるであろう次の「ショック」への備えは怠らない方がいい。米軍によるシリア攻撃など、地政学リスクが高まっているのも不気味だ。もっとも、短期筋は慌てるかもしれないが、長期投資家にとってはバーゲンの好機になるだろう。

渋沢健
 コモンズ投信会長。1961年生まれ。83年米テキサス大工学部卒。87年カリフォルニア大学ロサンゼルス校MBA経営大学院卒。JPモルガンなどを経て、2001年に独立し、07年コモンズ株式会社(現コモンズ投信)を創業、08年会長就任。著書に『渋沢栄一 100の金言』(日経ビジネス人文庫、2016年)など。