誤解だらけの肩こり解消術 ストレッチは静より動で
人気トレーナー・中野ジェームズ修一さん直伝 肩こり解消テク
30~40代になると徐々に感じ始めるのが、20代の頃とは違う体の感覚。人の体は、何も運動をしないでいると20代をピークに加齢とともに筋肉量が徐々に減っていくといわれる。これはサルコペニア(筋肉減少症:加齢とともに筋肉の量が減少していく老化現象)と呼ばれ、誰の体にも起こること。それが体力や代謝の低下の原因となる。放置すれば、どんどん筋肉の量は減り、同時に柔軟性も失われていく。
その肩こり、運動不足による筋力低下が原因かも
「特に30代のビジネスパーソンは、責任ある仕事を任されるようになりますよね。するとオフィスでのパソコン作業に会議、移動中のスマートフォンの使用など、休む暇なく同じ姿勢を続けることになります。そのため肩や首などにコリを感じる方が多いようです」
こう語るのはトップアスリートから健康意識の高い非アスリートまで、様々な層を対象に体づくりをサポートしているフィジカルトレーナーの中野ジェームズ修一さん。体力面だけでなく、メンタル面の指導もできる日本では数少ないトレーナーの一人だ。
「まず、なぜコリが発生するかを考えてみましょう。学生時代は、運動部に所属していなくても体育の授業などで体を動かしていたはずです。ところが社会人になると、自分で意識しない限りは、筋肉に一定の負荷がかかる運動をする機会はめっきり減ってしまいます。一方、年をとると少なくなった筋肉、つまり弱った筋力で体の重みを支えようとするため、筋肉が緊張した状態が続いてしまう。その結果、血行が悪くなり、コリを感じるのです」
仕事中に首から肩にかけて、あるいは背中から腰にかけての筋肉が緊張し、肩こりや腰痛などの不快感を覚えるという人は多いのではないだろうか。それは単に同じ姿勢を続けているからだけではなく、筋力の低下も関連していると中野さんは言う。
「その状態になった時、多くの人が行うのがストレッチだと思います。ストレッチは筋肉の柔軟性を取り戻すにはとても良い方法なのですが、実は多くの人が、やり方を少し勘違いしているようです」
一体どこを勘違いしているのだろうか。
「専門的に言うと、筋肉には伸長固定と短縮固定という、2種類の緊張状態があります。つまり、筋肉が伸びた状態で固まっているのか、逆に縮んだままになっているかということです。例えばパソコン作業をすると肩と手が体の前のほうにきますよね。すると、うなじから肩にかけて走っている僧帽筋(そうぼうきん)は伸びた状態で、また、体の前側の筋肉は縮んだ状態で固まり、どちらも血行が悪くなり、ゆがみや不調につながります。その不調をどうやれば解消できるかというと、例えば、縮んで固まっている部位は、一般的なストレッチで伸ばせば解消できますが、伸びて固まった筋肉を伸ばしても問題解決にはなりません」
動かさないことで固まった筋肉は、動かすに限る
実はストレッチには、腕や足をいろいろな方向に積極的に動かす「動的(ダイナミック)ストレッチ」と、筋肉をゆっくりと伸ばす「静的(スタティック)ストレッチ」の2種類がある。
ストレッチと聞いて多くの人が思い浮かべるのは静的ストレッチだが、前述した通り、伸長固定されている筋肉をこの方法で伸ばしても、意味がない。動かさないことで固定されているのだから、動的ストレッチで積極的に動かし、血液の循環を高めることが最善の方法になるというわけだ。
では、肩こりを解消するには、具体的にどんな動的ストレッチを行えばいいのだろうか。
肩こりや緊張の解消には「50回肘回し」
「肩こりには肩甲骨や首回りの多くの筋肉が関連しています。ですから、両手を肩の上にのせて大きく肘を回転させる動的ストレッチがいいですね。肩がこってきたと感じ始めたらいつでも、少なくとも20~30回、できれば50回くらい回してください。そんなに回したら肩が疲れてしまう、汗が出てくるという人がいますが、それくらい回してあげないと効果は出ません」
しっかり動かせると体全体の代謝を高める効果もあるので、仕事の途中で眠気を感じた時にも、頭をスッキリさせるためにも役立つかもしれない。脳への血液流入も増えるので、新しいアイデアが浮かぶこともあるだろうし、仕事の効率も上がるはずだ。
動的ストレッチは精神的緊張にも効く
また中野さんによると、僧帽筋の上部は、精神的に緊張すると縮む唯一の筋肉であり、緊張が原因で生じる肩こりをほぐすには、僧帽筋を意識した次のような動的ストレッチが有効だという。
「大きなプレゼンの前や失敗が許されない仕事の時に肩がこるのは、僧帽筋が縮むため。そんな時は、先ほどの肘回しに加えて、両手を体の前で合わせてから頭の上に持っていき、大きく外側に開く動的ストレッチも合わせてやるといいでしょう。これも20~30回はやってください。1日1回とは言わず、何度繰り返してもいいですよ」
肩の筋肉を普段から積極的に動かし鍛えている、オリンピックに出場するような水泳選手でさえ、レースの前には緊張で僧帽筋上部が拘縮し、肩こりを訴える人がいるという。ましてや、それほど鍛えていない一般人なら肩がこるのは当たり前のことだ。
「肩や肩甲骨周りを動かすことは、肩こりだけでなく緊張感をほぐすことにもつながります。筋肉からの刺激で、脳が感じている精神的なプレッシャーを和らげる効果も期待できるのです」
肉体的な症状だけでなく、精神的な面も柔軟にしてくれる動的ストレッチ。実はこれは、中野さんがフィジカルトレーナーとして関わり、2015~17年の箱根駅伝三連覇、そして、全日本と出雲でも優勝し学生駅伝大会三冠を達成した青山学院陸上部の選手たちも実行している方法だ。普段のトレーニング前はもちろん、選手によってはスタート前の緊張をほぐすためにも実行している。
肩や背中の筋肉が硬くなって不快に感じる時、マッサージを受けるのもいいだろう。しかし、その前に、お金をかけずとも、自分でできる対処法があることを知っていれば、より快適な生活を送れて、仕事にも集中できるはず。動的ストレッチは、30代から覚えておきたい健康習慣の一つだ。
フィジカルトレーナー/米国スポーツ医学会認定運動生理学士。1971年生まれ。日本では数少ない肉体面と精神面の両方を指導できるトレーナー。卓球の福原愛選手など日本のトップアスリートだけでなく、高齢の方の運動指導も行う「パーソナルトレーナー」として活躍。日本各地での講演も精力的に行っている。近著に「青トレ 青学駅伝チームのスーパーストレッチ&バランスボールトレーニング」(徳間書店)、「世界一伸びるストレッチ」(サンマーク出版)など多数。
(ライター 松尾直俊)
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