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著者は、明るい未来を切り開くためには次の3つのシフトが必要だと説いています。(1)ゼネラリストから「連続スペシャリスト」へ、(2)孤独な競争から「協力して起こすイノベーション」へ、(3)大量消費から「情熱を傾けられる経験」へ。

(1)のゼネラリストからの脱却は、ある意味で産業革命以前の職人仕事の時代への回帰ともとれますが、仕事内容が複雑化した現代においては他の人たちの高度な専門技術と知識を行かすために人的ネットワークを築きあげることが必要になります。大勢の多様な人たちと接点を持ち様々なアイデアや発想に触れれば、おのずと自分の得意分野が見えてくるはずです。自分の専門技能を十分に高めた後、隣接分野に移動したり、全く新しい分野に『脱皮』したりすることが「専門技能の連続的習得」につながるのです。

A.T. カーニー日本代表 岸田雅裕氏

A.T. カーニー日本代表 岸田雅裕氏

(2)の協業について、著者は3種類の人的ネットワークが必要と説いています。自分と同様の専門技能の持ち主で構成される少人数ブレーン集団(ポッセ)、自分と違うタイプの多様性に富むコミュニティー(ビッグ・クラウド)、生活の質を高め心の幸福を感じるための「自己再生のコミュニティー」です。

(3)のシフトは、大量消費主義を脱却し、家庭や趣味、社会貢献などの面で創造的経験をすることを重んじる生き方に転換することです。本書では一般企業から非営利団体に転職し、収入は下がったもののお金以上のやりがいや幸福感を得た人が紹介されていますが、これは誰にでもあてはまるわけではありません。

現実的に日本はまだ正社員以外の働き方は困難を伴います。そこで、例えば今の職場にいながらでも、仕事に集中する時期、専門技能や知識を習得する時期、まとまった期間仕事を離れてリフレッシュしたりする時期をモザイクのように織り交ぜる。そうすることで、自分を磨き、社会に求められる存在としてワークライフバランスの取れた誇りある人生を送れるでしょう。

固定観念を問い直し、常識をシフトする

明るい未来を切り開くためのシフト・チェンジとは、決して新しいコンセプトではなく、むしろ温故知新。洋の東西を問わず、産業革命前には農業なり鍛冶なり商人なり、皆スペシャリストとして自らの職業についての知識と経験を積み、ご近所同士助け合うのは普通に行われていた人間の営みであったはずです。テクノロジーの進展と、何より人間の寿命が延び職業人生が長くなったこと、グローバル化により社会が複雑になったことで、昔のようには暮らせませんが、「人生や働き方についても見直しませんか?」ということに終始すると思います。

まずは固定観念を問い直し、従来の常識をシフトしてみましょう。

「第一に、ゼネラリスト的な技能を尊ぶ常識を問い直すべきだ」

ゼネラリストを説明するには、戦後、終身雇用制とともに定着した現代の日本の一般的な会社員の形態がまさにあてはまると思います。第2次世界大戦後、特に高度経済成長期には労働力が不足しました。産業や生産の拠点である大都市に地方から若者を呼び寄せるということは、単に働き口をあっせんするだけではなく、彼らの人生を長期に渡って担保することでもありました。

職務経験のない卒業したての学生を、採用後に長期雇用を見据えて「会社員」として広く浅く教育し、社内あるいはグループ会社内の様々な部署を経験させ、年功序列で自動的に昇進させ、定年までまっとうさせるというものです。

例えば、営業と総務では業務に必要なスキルは全く異なります。2~3年ごとに異動させられ、そのたびに職種が違っては、「自分の勤める会社」については詳しくなったとしても、専門職としてのスキルはなかなか高められません。職業を聞かれて「会社員としか答えようがない」というのはまだかわいい方で、私の知人の企業経営者は、中途採用者を面接した際に「部長ができます」と臆面もなく答えた大手企業出身の男性に出くわしたことがあるそうです。終身雇用制はすでに崩壊している、とまでは申しませんが、もはや○○会社に勤めている、ということよりも自分の職種や職務内容を明確にするほうが、プロのビジネスマンとしてはふさわしいでしょう。

先ごろ、官僚の組織的な天下りが問題となりました。昇進コースから外れ早期退職することになった、あるいは定年を迎えたが、誰かがその後の面倒を見てくれないと自分では職探しもできないということが背景にあると思います。官僚になるために猛勉強して有名大学に入り、国家試験に受かり、お国のために身を粉にして働いた優秀なゼネラリストたちの行く末がこうとは、情けない話です。

「第二に、職業生活とキャリアを成功させる土台が個人主義と競争原理であるという常識を問い直すべきだ」

受験、就職と、われわれ現代人は人生の節目においていくつかの「競争」を経験してきました。同じ年ごろの人たちと同じ問題を解き、正解率の高い者が選ばれるというプロセスが、個人主義と競争原理を加速させているのかもしれません。核家族化し、祖父母や兄弟がいないか少ない環境で育ったので、独りでいることに慣れてしまっているのかもしれません。テクノロジーの功罪でもありますが、わからないことはネットで調べればいいし、退屈ならゲームで時間を潰すことができます。

昨年、インターネット上にまん延するFake News(誰かが意図的に流布したうその情報)が話題になりました。これは決して海外だけで起こっている出来事ではなく、熊本地震の際に「動物園から逃げ出したライオンが街を徘徊(はいかい)している」というデマをツイッターで発信・拡散した人が逮捕されるということがありました。

またがん治療など医療に関する不正確な情報を掲載していたウェブサイトが閉鎖され、その運営会社が責任を問われたのも記憶に新しいところです。このようにオンラインの情報はまさに玉石混交です。情報社会に生きるわれわれは、その情報が正しく信頼できるものか否かを見極める「目」を持つことが大事です。ではその「目」を養うにはどうすればよいのでしょうか? 答えは簡単です。極めてアナログですが、多くの人と知り合い、お互いに顔の見える関係になって知見を共有し、「これは◯◯さんが詳しいはずだから聞いてみよう」など自らの「データベース」を構築することです。もちろん、自分が誰かに信頼され、知見を提供できるように自分磨きが必要です。

「第三に、どういう職業人生が幸せかという常識を問い直すべきだ」

本書では、「大量のモノを消費し続ける」のではなく「質の高い経験と人生のバランスを重んじる姿勢に転換する」と記されていますが、私はストリート・リベラル・アーツ(造語)が重要だと考えています。リベラル・アーツとは何ぞやというご託はここでは割愛しますが、本やネットの誰かの情報をうのみにするのではなく、「なぜ」そうなのかを自ら考え、模索し、人に聞いてみたり、興味の対象を広げて調べたり、体験してみることが、生活や人生を豊かなものにし、自分の価値を高めることにつながるのだと思います。

岸田雅裕
 A.T. カーニー日本代表。1961年生まれ。松山市出身。東大経済学部卒。ニューヨーク大スターン校MBA修了。パルコ、日本総合研究所、米系及び欧州系コンサルティングファームを経て、2013年A.T. カーニー入社。著書に『マーケティングマインドのみがき方』『コンサルティングの極意』(ともに東洋経済新報社)など。

=この項おわり

この連載は日本経済新聞土曜朝刊「企業面」と連動しています。

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