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本書の前半で2025年の「暗い未来のシナリオ」を描いた著者は、「ピンチは常にチャンスと表裏一体の関係にある」とも述べています。世界の50億もの人々がインターネットを通じて結びつき、皆で力を合わせて難しい課題に取り組む時代がやってくる可能性もある、のです。

本書の第3部「『主体的に築く未来』の明るい日々」に登場する人物たちも三者三様です。まず、ミレニアル世代(1980年代後半以降生まれ)で交通渋滞問題に取り組む活動家のブラジル人。そして、Y世代(70年代後半以降生まれ)でワークライフバランスの「ライフ」を充実させる生き方を選び、バングラデシュでの社会貢献活動に情熱と時間を注ぐ米国人夫妻。

A.T. カーニー日本代表 岸田雅裕氏

A.T. カーニー日本代表 岸田雅裕氏

3つ目のストーリーの主人公はX世代(60年以降生まれ)の中国人女性です。彼女の子供時代がちょうど文化大革命(66~76年)で、十分な教育は受けられなかったものの、中国の経済成長とグローバル化、テクノロジーの進展の波に乗り、2025年にはミニ起業家として成功している、という設定です。

特に3つ目のストーリーは1981年生まれの娘と大学生の孫娘がいる設定で、3世代にわたる女性たちの社会的立場の変遷や物事に対する考え方の違いは、90年代に世界的ベストセラーとなった「ワイルド・スワン」をほうふつとさせます。

ここで紹介されている架空の人物たちに共通しているのは、「思考の余剰」を手にした世界中の仲間たちとコラボレーションしていることです。これまでは地域や学校、職場など小さなコミュニティーで完結していた共同作業が、新しいテクノロジーのおかげで、オンライン上で大勢の人間がつながり、国境を越え、低コストでイノベーションを成し遂げる方法さえ模索できるのです。

また、本書の全章を通し、登場する架空の人物の居住地が欧米の先進国のみならずアジアや中東であることも、多様な未来の可能性を示唆しています。

日本の競争力を左右する3つの既得権益

昨今、ポリティカル・コレクトネス( Political correctness)という言葉をよく聞きますが、これは政治的・社会的に公正・公平で、なおかつ差別・偏見が含まれていない、という意味です。

企業の社会的責任(CSR)の取り組みの一つとして、多様性の受容(ダイバーシティ&インクルージョン)が推進されていますが、いまも「島国ゆえ単一民族」という思い込みが根強いせいか、日本のカイシャではまだまだ普及しているとはいえません。私自身、伝統的な日本の大企業に勤めたことがないので、ある意味、日本のカイシャ社会においてはアウトサイダーですが、「年功序列、男性優位、プロパー(生え抜き)社員優遇」という3つの既得権が変わらない限り、日本に「多様性」は根付かず、世界の中での競争力を失っていくのではないかと危惧しています。

昨秋、森記念財団都市戦略研究所が発表した City Perception Survey(都市のイメージ調査)によると、都市ランキング1位のロンドンと2位のニューヨークでは、街を表すキーワードの一つに「 DIVERSE/多様性」が挙げられているのに対し、3位の東京には「多様性」という言葉が見当たりません。

「世界がグローバル化しているから、若い世代は違うだろう」と思いたいところですが、デジタル・ネイティブと呼ばれ、物心ついたときからインターネット環境があり、SNS(交流サイト)で世界とたやすくつながることができる10代、20代でさえも、画一的なはやりの髪形やファッションを身にまとうこと(つまり他の人と同じ格好をして同質化すること)がすてきで心地よいと思っている人たちが多いようですから、多様性が理解しづらいのは世代の差とは関係ないのでしょう。

多様性を尊重することは「倫理的にそうであるべきだ」というだけではなく、多様であることが経済的にも社会的にも、自分たちにとってもメリットがあるという実感があればもっと身近なことに思えるのかもしれません。

多様性を糧に進化する米国 日本はどうか

反グローバル、保護主義政策を掲げるトランプ政権の今後が気になるところですが、米国の強みは言うまでもなく多様性です。世界を席巻する米国のIT(情報技術)企業の創始者には移民が多く、例えばグーグルのセルゲイ・ブリンはモスクワ生まれのユダヤ系ロシア人、フェイスブックの共同設立者エドゥアルド・サベリンはブラジル出身、アップル社のスティーブ・ジョブズの実父がシリアからの留学生というのは有名な話です。イノベーションの代名詞ともいえる西海岸のシリコンバレーにはインドや中国出身の起業家が多いと言われています。

トランプ米大統領が就任早々、特定のイスラム圏の国々からの渡航者の入国を禁止した大統領令に対し、ワシントン州やハワイ州などの自治体や、多くのグローバル企業が、すぐに反意を表明したのは記憶に新しいところです。米国は常に多様性を糧に進化し続けているのです。

一方、日本の現状はどうでしょう?

前出の森記念財団の都市のイメージ調査で、東京をイメージする言葉で1番回答数が多かったのは「 CROWDED/混雑した」でした。実は、ここに日本の社会が将来多様化するヒントがあるのではないか、と思うのです。

洋の東西を問わず、都市圏においては生活レベルや民族、宗教ごとに「住み分け」されていることが多いのですが、日本では混然一体としているように思えるのです。たしかに昔ながらの商店街や民家が立ち並ぶ地域に突然タワーマンションが建ったりするのは景観的に決して美しいとはいえません。近所の商店街の酒販店がいつのまにかコンビニエンスストアになってしまったり、書店や喫茶店が消えチェーン店のカフェになってしまったりするのは寂しいものです。しかし、「外国人のお客さんが増えたので要望に応えないと」とビーツやケールといった見慣れない野菜を店頭に置き始めた近所の青果店にたくましさを感じ、深夜のコンビニでたどたどしい日本語ながら笑顔で対応している外国人の店員さんを見ては多様性の兆しを感じ、ほほ笑ましく思っています。

女性の働き方改革に期待

さて、「働き方」に話しを戻しますと、昨年、国家戦略特別区域において家事支援外国人受け入れ事業が始まりました。この先、家事代行や介護に携わる外国人が増えることに、私は日本社会の変化と女性の働き方改革への期待を抱いています。なぜなら、結婚・出産・育児のために仕事をやめてしまう日本女性が少なくないという現実が今もあるからです。

経済協力開発機構(OECD)の調査によれば、日本の25~54歳の女性就業率は約7割。2016年時点で加盟国34カ国中23位と低水準で、専業主婦の割合が先進国の中でも高いと推測されます。女性、特に育児世代の社会進出が阻まれる要素が子育てによるものであり、行政が保育園などの受け入れ態勢をなかなか整えられないのだとすれば、企業に海外の優秀な人材を取り込む「高度専門職ビザの緩和」とは別の次元で、子育てや介護のため、仕事をあきらめざるをえない優秀な人材を社会にとどめておくために、外国人による家事支援を国や企業が推奨するのは現実的な選択肢の一つと思うのです。

欧米式を礼賛するわけではありませんが、Nanny(乳母)やベビーシッター、メイドを専門職とする人たちがいて、皆が適材適所で社会に貢献できているシステムを日本も取り入れるほうがいいに違いありません。家事や育児、介護など家族の面倒を見るのは女性の役割である、という考えを変えて、プロ(専門職)の手を借りてみることで、ストレスが軽減し、職務をまっとうできるなら、個人にとっても社会にとってもウィンウィンだと思うのです。

岸田雅裕
 A.T. カーニー日本代表。1961年生まれ。松山市出身。東大経済学部卒。ニューヨーク大スターン校MBA修了。パルコ、日本総合研究所、米系及び欧州系コンサルティングファームを経て、2013年A.T. カーニー入社。著書に『マーケティングマインドのみがき方』『コンサルティングの極意』(ともに東洋経済新報社)など。

この連載は日本経済新聞土曜朝刊「企業面」と連動しています。

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