私以外の家族全員、音痴です
作家、石田衣良
私以外の家族が全員音痴。なのに、家の中では陽気に歌うことに困っています。私は長くピアノを習い、主旋律を楽譜に起こせるので、彼らの歌を聴くと「半音下がっている」「そこはリズムが違う」などイライラして仕方がありません。気にせずにいられる方法はありませんか?(岡山県・40代・女性)
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ぼくも小説家という仕事柄、テレビで「ら」抜き言葉やどんなことでも「ヤバい」の一語で表現して悪びれることのないタレントなどを見かけると少々むかっときます。とくにきれいな女優さんだったりすると、ひどくがっかりするものです。
ですが世間の見方は少々違います。「ら」ぐらい抜いてもいいじゃないか。言葉づかいが間違っていようが雑だろうが、いいじゃないか、人間だもの。という相田みつを的な反応に多くの人は終始しているのです。
ここで問題なのは、ぼくは自分のほうが間違っていることに気づいているのに、あなたの場合はいまだに自分が正しいと信じていることなのです。
家族は全員音痴だけれど、陽気に楽しく歌をうたっている。素敵なファミリーじゃありませんか。いくらあなたが音楽の専門家でも、鼻歌にいちいち半音下がってるとか、歌いだしの音程が違っていると指摘したりするのは野暮というものです。リズムやピッチのずれだって、ぜんぜん関係ない。なぜならあなたの家のリビングはコンサートホールではないし、家族はプロの歌手ではないからです。音痴でもみんなが音楽好きなのは素晴らしいことです。
確かにピアノを身につけるにはたくさんの修練と忍耐が必要でしょう。楽譜だって読めないよりは読めたほうがいい。ぼくも音楽愛好家のひとりとして、楽器ができて楽理がわかる人には素直にあこがれます。
でもね、それだけが音楽の楽しみかたじゃないんだよなあ。ぼくはNHKの音楽番組のMCを長く務めていたので、これまでたくさんのピアニストや指揮者に会ってきました。誰もが認める才能やセンスの持ち主ばかり。それでもぼくのような素人がトンチンカンな質問をしても、気軽に九九の二の段を小学生に教える数学者のように、音楽をていねいにわかりやすく教えてくれる人がほとんど。
あなたも一家のなかの唯一のマエストロとして、やさしく音楽の奥深く素晴らしい世界に音痴の家族を導いてあげる役を演じてみませんか。もちろんその際、音痴だとかリズム馬鹿なんて罵ってはいけません。それではせっかくの音楽の先生も台無しですからね。
[NIKKEIプラス1 2017年4月1日付]
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