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改革は危機感から、社内にあつれき起こせ 三枝匡著「戦略プロフェッショナル」(3)

慶応大学ビジネススクール教授 清水勝彦

2017/5/13

 三枝匡氏は「戦略の要諦は絞りと集中である」と指摘しており、そのためのセグメンテーション(ターゲット顧客の選定)が本書の重大なテーマです。当然、顧客データがなくてはならないのですが、実はそうしたデータはあったのです。あっても使われていなかったのです。

 「その気になってみれば、情報は目の前にたくさんあるのさ。それに意味をつけて社内に発信してくれるやつがいるかどうか」が違うのです。

慶応大学ビジネススクール 清水勝彦教授

 本書は、そうした情報への感度と目線が内向きか外向きかで「ルート1企業」「ルート3企業」という区分をしています。前者は「競合相手の動向がいつも話題になって、ピリピリしている」。これに対し後者は「社内の人間に向けられた不満でいつもジメジメしている」ので、結果として「磨けば光るダイヤモンドのような情報が社員や経営幹部のファイルに入り込んだまま出てこない」「やたらと情報を集めるのが好きなのに、それを個人的に退蔵して知らん顔をしている変な中堅社員がいる」ような状態です。

 しかし、ルート3企業はそういう状況になっているのもわからない。はた目に泥酔は明らかなのに、ベロベロに酔っている脳が自分は大丈夫だと思っている「酔っ払いのジレンマ」状態です。

 そしてさらに重要なのが「業績の悪い企業は内部が不安定だと思われがちだが、むしろ逆のことが多い。低いレベルで社内が妙に落ち着いてしまう」という指摘です。

 その意味で、「意識を変える」というのは企業変革の中心であると同時に最も難しいポイントです。「企業改革は意識改革から」とおっしゃる方が時々いらっしゃいますが、これはウソです。意識改革ができれば、企業改革はほぼ終わったようなものだからです。そうした一見もっともな言葉を真に受けて失敗する事例は枚挙にいとまがありません。

 ビッグデータは大切です。そして、もっと大切なのはそれを分析・役立てる視点、意識です。

■危機感とは何か?

 企業改革に不可欠な要素としてよく指摘されるのが「危機感」です。瀕死(ひんし)の状態にある企業はもちろん、いまひとつの企業でも「危機感」を持って全社員が一丸となることが重要なのですが、現実によく経営者の方々から聞くのは「当社には危機感が薄い」という嘆きです。本書の姉妹書と言ってもいい「V字回復の経営」では、不振会社の症状50の1番目として、危機感の薄さが挙げられています。

 一般に企業の業績悪化と社内の危機感は相関しない。むしろ逆相関だと言ったほうがいい。つまり、業績の悪い会社ほどたるんだ雰囲気であることが多く、業績の良い成長企業のほうがピリピリしている。

 「危機感とは何でしょう?」

 そういう質問をある企業の役員会でしたことがあります。「会社の競争力が落ちているという認識」「このままではいけないという意識」「何とかしないといけないという気持ち」などなど挙がるわけですが、典型的なのは2つの点です。1つは「だいたいは共有できているが、微妙に違う」。いわゆる温度差の違いといってもいいですし、そもそも「危機感」という言葉の意味をきちんと定義することなく軽く使う傾向です(だいたいそういう会社では「戦略」という言葉についても同様です)。

 そしてもう1つ、より重要なのは「主語」がないことです。「問題だ」「何とかしないといけない」ということは言っても、「誰かがやってくれる」「社長の仕事だ」と暗黙のうちに言っており、そこでは「自分は精いっぱいやっている」「自分の責任ではない」という、言い訳ごころが透けて見えます。

 本当の危機感とは、ケネディ大統領の有名な演説とも重なりますが、「自分が何かをしなくてはいけない」という気持ちです。それなしに「危機感を持て」と言っても「自分は持っています」と返ってくるだけで、何も変わりません。

 そうした意識は一朝一夕に変わるものではありません。ただ、変える努力をし続けなければ決して変わらないことも事実です。

■現実を直視しているか?

 危機感、意識変革の前提にあるのは、実は非常に当たり前であるはずの「現実を直視すること」です。これは前回挙げた「3枚セット」の1枚目です。顧客の声を聞いている、社員のことがわかっていると言いながら、実は「見たつもり」「わかったつもり」であることは多いのです。よく「百聞は一見にしかず」(Seeing is believing)と言いますが、現実には「Believing is seeing」であることの方が多いのです(これはもともとミシガン大学のカール・ワイク教授の指摘です)。

 その意味で、第1回でも挙げたハーバード大学のクリステンセン教授が言う「イノベーターの5つのDNA」のうち、1つが「観察力」であるのはとても示唆的だと思いますし(注1) 、出版から16年たってもいまだにペーパーバックにならない大ベストセラー「Good to Great(邦題:ビジョナリー・カンパニー2)」の第4章が「Confront the Brutal Facts(苛烈な現実を直視する)」であるのも象徴的です。こうした点にご興味とお時間のある方は、ぜひ「バスケットボールとゴリラ」でググって映像を見てください。

■危機感を芽生えさせる方法

 「現実を直視する」ことは、危機感を持つための必要条件であることは間違いありませんが、十分条件ではありません。前述のように、あるいは一時期の日産自動車がそうであったように、何千億円という赤字が出ても危機感が薄い会社はよくあります。日本航空に至っては、会社が倒産すれば年金だってなくなってしまうかもしれないにもかかわらず、年金の利率を下げたくないと言い張っていたOBが多数いたことは有名です。「なんと愚かな」と思うかもしれませんが、これが現実です。それほど染み込んだ意識を変えることは難しいのです。

 それではどうすればよいのか?

 三枝氏は先に触れた「業績の悪い会社は低いレベルで社内が妙に落ち着いてしまう」に関連して「ゆらぎ」の重要性を指摘します。社内にあつれきを起こせというのです。刺激を与えろというのです。あまり過激なことをすると、士気が下がったりするのではという懸念に対して、著書「V字回復の経営」では次のような指摘が出てきます。

 古い価値観が崩れる、不安を感じる、社内がガタガタする。でもそれが変化の第一歩です。それを避けてこの事業部を良くする道なんて、もう残っていないんです。
 いったい何人の役員から「社員を不安にすることは言わないでください」と言われたことだろう……社内で真実を語りたくないのは、それをいわれて困る人達なのだ。過去に問題を生じさせた人、その処理を引き延ばした人。今もその問題を避けようとしている人。分かっていても自分の力量の及ばない人。自分の残り年数を数えて楽をしたい人。社員で真実が語られない理由を若い社員たちは全て見抜いている。そして白けた気持ちで黙々と、言われたことだけをやっている。

 そして、「ゆらぎ」「不安定化」のもう一つの重要な役割は、これまでの体制で日の目を見なかった、あるいは士気の下がってしまっていた人材の発掘です。「リーダーだけしかできないことはあるが、リーダーだけでは何もできない」からです。

(注1)Dyer, J.H., Gregersen, H.B., & Christensen, C.M. 2009. The innovator’s DNA. Harvard Business Review, 87 (12): 60-67. (日本語版は2016年9月号)

清水勝彦
 慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。1986年東京大学法学部卒、94年ダートマス大学エイモス・タックスクール経営学修士(MBA)、コーポレイトディレクション(プリンシプルコンサルタント)を経て、2000年テキサスA&M大学経営学博士(Ph.D.)。同年テキサス大学サンアントニオ校助教授、06年准教授(テニュア取得)。10年から現職。近著に「リーダーの基準」「あなたの会社が理不尽な理由」(日経BP社)などがある。

この連載は日本経済新聞土曜朝刊「企業面」と連動しています。

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戦略プロフェッショナル―シェア逆転の企業変革ドラマ (日経ビジネス人文庫)

著者 : 三枝 匡
出版 : 日本経済新聞社
価格 : 700円 (税込み)

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