4回泣ける小説 『コーヒーが冷めないうちに』50万部
2017年2月 ベストセラー月間ランキング
4月11日に発表が迫った本屋大賞。全国の書店員が投票で、いま一番売りたい本を選ぶ賞だ。ノミネート10作品が1月18日に発表され、それぞれ売れ行きを伸ばしている。なかでも『コーヒーが冷めないうちに』は、発売から1年以上たつにもかかわらず、日販調べの2月のベストセラー(総合)で4位に上昇。書店の店頭を中心に細かな販促施策を重ねて、読者を増やし続けているロングセラー小説だ。
単行本フィクションの部門でトップ10に入った本屋大賞ノミネート作は、1位『蜜蜂と遠雷』(総合1位)、2位『コーヒーが冷めないうちに』(総合4位)、4位『コンビニ人間』、10位『夜行』の4作。日販のマーケティング仕入部 書籍仕入課 一般書係長の田中浩平氏によると、「候補の10作はどれも注目度が増して、順位が上がっています」。
特に『蜜蜂と遠雷』はノミネート発表の翌日(1月19日)に直木賞を受賞したことで、総合部門でも1位になるほど売れ行きが伸びた。また、『コンビニ人間』は昨年の芥川賞受賞作、『夜行』はベストセラー作家である森見登美彦の新作と、いずれも話題性が高い。一方、地味ながらも異例のロングセラーとなっているのが『コーヒーが冷めないうちに』だ。
席に座ると過去の時間に戻れる、ただしコーヒーが冷めるまでの短い時間だけ、という喫茶店を訪れた4人の女性の体験を描く連作短編集。作者の川口俊和は脚本家・演出家で、自身の演劇作品を小説化した。小説の執筆は初めてという。
「無名の作家にもかかわらず、2015年12月の発売からずっと売れ続けています。読者は40代、50代の女性が圧倒的。帯にある『4回泣けます』というコピーが胸に響くようです。版元のサンマーク出版はビジネス書や実用書が強く、文芸書は珍しいのですが、その分この1冊に情熱と手間を注いで、細かな施策を重ねたことが功を奏したのではないでしょうか。ビジネス書や実用書でよく見る車内広告を大きく展開するなど、文芸書では見慣れない売り方を取り入れた試みも目を引きます」(田中氏)
「あのときこうしていれば」という思いに共鳴
サンマーク出版によると、初版6000部からスタートして、48刷を重ね、現在は50万部。販促にあたっては、書店での展開に力を入れた。帯の「4回泣けます」というコピーも、最初は「泣けるデビュー作」だったのを、書店員からのアドバイスを採用して変更したものだ。売り場では、社員が手作業で作ったカフェ風パネルの販促物も好評だという。
火がついたのは、東北の書店から。新聞広告を出したところ、東北で急に売れ始めた。編集を担当した池田るり子氏が現地に赴き、理由を調べたところ、「ある店長さんから『忘れられないあの日に帰りたい』という言葉が、震災を経験した東北に響いているのかもしれないね、とうかがって、気が引き締まるような思いがしました」と言う。
全国に広げるにあたって、効いたのが首都圏JRの車内広告。ドア横ポスター広告を出したところ、売り上げが伸びていった。地方紙への広告も反響があるそうだ。
静かに感動が広がり、部数が伸び続けていることについて、池田氏はこうみている。「ある年代を超えれば、誰しもが『あのときこうしていれば』という思いを持っているのではないでしょうか。『自分にはこんな後悔がある』『自分ならあの瞬間に戻りたい』といった個人的な思いや、読んで救われた、癒やされたという感想が多く寄せられています」
3月13日には、6年後を描く続編『この嘘がばれないうちに』が発売された。こちらも発売から2週間で10万部と、売れ行きは好調だ。
(日経エンタテインメント!小川仁志)
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