負けてもなお進化際立つ和製AI
ワールド碁チャンピオンシップ
人工知能(AI)が世界トップの3棋士に挑んだ初めての国際戦、ワールド碁チャンピオンシップ(主催・日本棋院、特別協力・日本経済新聞社)。結果だけをみると、1勝2敗の3位とふるわなかった印象だが、実は優勝者をも攻め落とす勢いのめざましい進化を遂げていた。
優勝者をあと一歩まで追い詰める
「一番苦戦したのはAI相手の勝負だった」。3戦全勝で優勝した韓国代表の朴廷桓九段(パク・ジョンファン、24)の言葉が、すべてを物語る。大阪市の日本棋院関西総本部で21~23日に開かれた大会の2日目、和製AI、DeepZenGo(ディープゼンゴ)と対局した。序盤のわずかな緩着をとがめられて一方的にリードを奪われると、そのまま終盤まで付け入る隙はなかった。「私が投了してもおかしくないところまできていた」。朴九段を含む誰もが投了は時間の問題と考えた。
大会初日にZenと対局し、勝利した中国のミ昱廷九段(ミ・イクテイ、21)も「始まってしばらくすると負けそうな流れになった」と振り返る。
Zenの序中盤の打ち回しは、もはや人間の上をいく。人間にとって「驚きの一手」はほとんどなく、一見ふつうの手ばかりなのだが、いつの間にか優勢になっている。大局観の良さの証しだ。趙治勲名誉名人(60)と戦って1勝2敗だった昨年11月と比べても格段に精度が上がった。1年前に韓国のトップ級棋士を破ったころの米グーグルのAI「アルファ碁」のレベルに追いついていると言っても間違いではないだろう。
Zenに弱点がなかったわけではない。結果的に初日、2日目とも逆転負けしたのは、終盤のヨセでいくつも間違えたからだ。プロ棋士のレベルとしては初歩的ともいえるミスで、少しずつ損を重ねた。
「はっきりと原因を断定できない」と開発チーム代表の加藤英樹(63)代表。中盤で90%超と判断していた勝率は、手順が進むにつれて次第に下がった。朴九段との対局についていえば「ほかに気になる部分ができ、そちらばかり考えていたようだ」と分析した。
真っ向勝負、美学貫いた井山王座
ならば、なぜ井山裕太王座(27)は負けたのか。最終日にZenと対局した井山王座は、もちろん前日までの2局で終盤にZenが崩れたことを知っていた。弱点を突くように難しいヨセをたくさん残す戦い方もできただろう。しかし「AIだからと意識せずに自分の力を試したかった」(井山王座)。AIのミスに期待するのではなく、人間相手と同じように真っ向勝負に持ち込む。自身の美学を貫いた。中盤からやや劣勢になると勝負手を放っていった。だが、これに対するZenの対応は的確で、安全圏に入ると大差をつけ、ヨセの不安定さを露呈させないまま勝負を決した。
井山王座にとっては「工夫した手や打ちたい手は打った」。それでも「最後までチャンスは見いだせなかった」「今の実力なので仕方ない」と自ら認めるほど完敗の一局だった。
中国、韓国の代表にも負けて最下位となったことも事実。昨年4月に史上初の七大タイトル独占を達成し、現在六冠と国内では無敵を誇っている井山王座でも、世界の舞台で簡単に勝てるほど甘くはなかった。
実力そのものに、さほど差があるわけではない。国際戦における井山王座と朴九段の対戦成績はこれで2勝3敗だし、ミ九段とは1勝1敗だ。ただ、中韓勢はつねにトップレベルの国際戦に身を置き、能力を磨いているのに対し、井山王座はじめ日本のトップ棋士は、なかなかその時間を作ることができない。国内対局ばかりでなく、日本囲碁界の「顔」としてイベントに引っ張りだこだからだ。
井山王座は今年ようやく日程調整がつき、国際戦に本格的に出場できるようになったばかりだ。「今回はふがいない結果になったが、世界で戦いたい気持ちは変わらず、厳しい相手との対局で成長していきたい」と意気込む。
次に見据える国際舞台は、5月に韓国で始まるLG杯だ。
(文化部 山川公生)
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