日経Gooday

2017/3/29

介護に備える

そうです。イケメン介護福祉士さんは演出の一つです。母も私もイケメンが大好きですし、ケアマネジャーさんに「イケメン介護福祉士さんを探してもらえませんか」とお願いしたんです。そうしたら、本当に探してくださって、2週間くらいしてイケメン介護福祉士さんがやってきて、1作目の『毎日がアルツハイマー』のラストシーンの、介護福祉士さんと母とのほのぼのとしたやりとりにつながります。

「認知症の力を借りて、自分を出せるようになってよかった」

――優秀だったお母さんが認知症になってしまったことへの葛藤はありませんでしたか?

私は認知症になる前の母が正直なところ、苦手でした。すでに話した通り、母は優等生で良妻賢母。建前で生きている人でした。一方、私は父に似て本音で生きてきた人間なので、本質的に生きていない母と一緒にいるのが息苦しかったんですね。だから、高校生のころから早く家を出ようと思っていました。

でも母は、認知症になって、飾ることができなくなり、喜怒哀楽を表に出すようになりました。普通の人は母親がそうなったら腰が引けるのかもしれませんが、私は建前を重んじる母を知っているので、認知症の力を借りて、自分を出せるようになってよかったなととても安心したんです。私に対しても自分の心を開襟してくれていることが、うれしかったですね。

めいっ子のこっちゃんと、時に童心にかえってふざけ合う宏子さん 『毎日がアルツハイマー』より (C)2012 NY GALS FILMS

そもそも私は認知症に対してマイナスのイメージがまったくありません。実は母の母、つまり祖母も認知症でした。祖母は自分の子ども、つまり母たちの顔は全員忘れてしまって、でも、伯父夫婦と同居していたのですが、伯父のお嫁さんとは仲が良くて、とても可愛がってもらっていました。ある日、昼食を食べて、「ちょっと眠くなっちゃった」と言って、そのまま眠るように亡くなりました。当時、小学生だった私は、家族に愛されて、おなかいっぱいになって、眠るように死ぬのは理想だなと思ったんです。それが私の『毎日がアルツハイマー』の原点です。祖母からポジティブな印象をもらっているので、母が認知症になっても、それに対して動揺や葛藤といったものはありませんでした。

それからもうひとつは、私にとって母が魅力的な被写体であるということです。普通、人はカメラを回すと、良く見せたいと思いますし、きれいに発言したいという気持ちが強くなりますが、それが一切なくなった自然体の母は私にとってとても魅力的なんです。

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次回は、関口監督が考えるより良い認知症ケアとは何か、また映画『毎日がアルツハイマー2 関口監督、イギリスへ行く編』に登場するパーソン・センタード・ケアという認知症ケアの考え方について、引き続き関口監督の話を紹介する。

関口祐加さん
 映画監督。1957 年横浜市生まれ。1981年日本の大学を卒業後、オーストラリアに渡り、1989 年『戦場の女たち』で監督デビュー、2007 年に『THE ダイエット!』発表。2009年9月より認知症の疑いがあった母親の撮影を始め、YouTube に投稿開始。2010年1月、介護のため29年ぶりに帰国、動画をまとめた映画『毎日がアルツハイマー』を2012年7月に公開。現在、認知症の母の看とりをテーマに『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル』を製作中で、2017年5月31日まで資金調達のためクラウドファンディングを実施している。https://motion-gallery.net/projects/maiaru_final

(ライター 伊藤左知子)