日経Gooday

2017/3/29

介護に備える

――12月に決断してからが早いですよね。1月中旬にオーストラリアに戻り、1月末には日本に戻っています。迷いはなかったのですか?

2009年の9月の時点では、戻ってくる気持ちはまったくありませんでした。だって1981年から29年間、私の生活基盤のすべてがオーストラリアにありましたから。オーストラリアで映画監督にもなったし、友達もいるし、息子もずっとそちらの学校に通っていますし。でも、私はこうと決めたら行動しないと気が済まない性格なので、1月中旬にオーストラリアに行って、1月末には住んでいたアパートを引き払って帰国しました。息子は学校もあるし、友達もいるので父親とオーストラリアに残ることになりました。

オーストラリアに渡ったときもそうでしたが、行動しないと山は動かない。行動すると奈落の底に落ちることもありますが、そうしたらはい上がればいいんです。多民族国家のオーストラリアで私はそうやって生き抜いてきたので、そのタフさは母と暮らす上でも役立っていると思います。

分かってよかった! 認知症の母が家に引きこもったワケ

――帰国してお母さんと暮らすようになって、関口さんがまずしたことは何でしょうか?

関口監督

介護保険の申請をしないと何も始まらないので、まず近所の脳神経外科クリニックへ母を連れて行こうと思いました。でも、母は家の中に閉じこもって外に出たがらない。自室で布団も敷かずにこたつで寝ている。食事はしますが、お風呂にも入りたがらなくなりました。一種のうつ状態です。

おいしいものを食べに行こうと、どうにか外に連れ出して脳神経外科へ行けたのは5月。アルツハイマー型認知症と診断してもらうまでに、帰国してから4カ月かかりました。

それから、ケアマネジャーさんも来てくれるようになりました。皆さん母に「もっと外に出ないといけない」「外に出てチューリップでも見れば心も和むから」と言うんですが、母は昼夜逆転してドラキュラみたいな生活をしているわけですから、そんなことを言っても出ないわけですよ。

そんなときに、YouTubeにアップしていた母の記録を撮った短編動画の再生回数が10万回を超え、動画を見てくださった認知症予防財団の方から講演依頼をいただき、沖縄に行ったんです。そこで順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学教授の新井平伊先生と出会いました。新井先生から「監督のお母さんは、認知症だから閉じこもっているんじゃない。今までできたことができなくなったことで不安になり、閉じこもっている。人として当たり前の感情だと思いますよ」と言われ、納得できたんです。

母は若い頃、優等生で学業ではずっと首席だったんです。結婚してからは良妻賢母で通してきた人です。その母の性格を考えれば、お風呂のスイッチも分からなくなって、自転車にも乗れなくなって、となれば、それは家に閉じこもるだろうなと、母の行動の理由が理解できました。それなら母を無理に外へ連れ出すのではなく、母が自分から外に出たくなるような演出をすればいいと考え方を変えました。

――それが『毎日がアルツハイマー』にも出てきたイケメン介護福祉士さんだったんですね?

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「認知症の力を借りて、自分を出せるようになってよか