「文化の五輪」で地方元気に ロンドン大会に学ぶコツ

文化オリンピアードの役割について語り合った青柳正規氏(左)とルース・マッケンジー氏
文化オリンピアードの役割について語り合った青柳正規氏(左)とルース・マッケンジー氏

2020年東京五輪・パラリンピックの成功に欠かせない要素のひとつに、世界に向けた日本の文化の発信がある。五輪憲章は開催都市に文化イベントの開催を義務づけており、開催国では4年間にわたって多彩なイベントを継続的に開く「カルチュラル(文化)オリンピアード」が展開される。12年ロンドン大会で文化オリンピアードのディレクターを務めたルース・マッケンジー氏と東京大会組織委員会の文化分野などを担当する文化・教育委員会の青柳正規委員長(前文化庁長官)に文化イベントの役割について話し合ってもらった。

――ロンドン大会の文化オリンピアードは大会の成功に大きく貢献したと評価されていますが、今、振り返ってみて、どう感じますか。

マッケンジー氏 ディレクターに就いたのは大会開催の2年前だったので、(準備不足で)できなかったこともあった。例えば、スポンサーやアーティストとのパートナーシップを築き、オペラなどの芸術を提示するには、3~5年前から計画しなければ不可能だった。就任当初「このままではひどいことになってしまう」との思いで努力した結果、ロンドン大会の文化オリンピアードは良い評価を得られたが、企画立案が遅いのはほめられた話ではない。東京大会は早い時期に始まっており、評価できる。

――東京では今後の3年間では何を重視しますか。

青柳氏 日本の地方は過疎化や高齢化が進み、厳しい状況だ。過去には竹下内閣の「ふるさと創生事業」などによって地方を元気づけようとしたこともあったが、ほとんどうまくいっていない。経済だけで活性化しようとしたからだ。地域の人たちが誇りにしている文化を活性化すれば、地域の人たちはそこに住むことに自信が持てるようになる。東京大会を通じて全国の津々浦々までが参加するという気持ちで、お祭りやお神楽などの文化を活性化すれば、日本の将来は可能性が開ける。そこに力を込めていく。

――ロンドン大会では延べ11万7000件の文化イベントが提供され、国民の参加意識を高めたそうですね。

マッケンジー氏 全国各地の地域社会が参加するので、できるだけ多くの数字を達成したいという考え方もあった。国を挙げて祝福をする大切なイベントだからだ。一方では、芸術としての品質も大切。ロンドンの文化オリンピアードのすべてが「金メダル」という内容ではなかった。重要なのは品質であって、数ではない。そこはロンドン大会の反省点でもある。もしもう一度繰り返すことができるのならば、もう少し数を絞りこみたい。

――東京大会はオールジャパンで、できるだけ多くの人に参加してもらう方針ですが。

青柳氏 芸術的なクオリティーは別にして、様々なお祭りなど20万件近いイベントを集めたい。文化庁などが各地で文化プログラムの説明をすると、参加の意思を表明するところも出てきている。例えば、能登のキリコ祭り。能登半島の先端にある石川県珠洲市では7月から10月までに50以上の祭りがある。「キリコ」と呼ばれる大きな灯篭(とうろう)や山車が出て、出来栄えを競い合う。こうした活動に地域の人たちは一生懸命だ。地域の祭りも20年に向けて大人数が見ることのできるイベントとして磨き上げて参加してもらえれば、20万件の枠も夢ではない。文化は地域おこしに有効なのだから、どんどん進めたい。

――ロンドンでは、地域活性化や観光振興の効果を英国全土に広げることができたのでしょうか。

マッケンジー氏 英国にはすばらしく、美しい場所があることを世界に発信したかった。観光客にロンドン以外の地域にも行ってもらいたかった。例えば、英国北部には古代ローマの皇帝が建てた「ハドリアヌスの長城」がある。ちょうどイングランドとスコットランドの間だ。英国南西部には、巨石遺跡群「ストーンヘンジ」もある。ここも観光客に人気がある場所だ。

ストーンヘンジでは大会期間中にはフランス人アーティストを招いて、遺跡を火で彩るイベントが開催された。普段は火を使うことが許可されていないが、大会期間中は許された。こうした文化イベントを通じて、英国全体でインスピレーションを示すことができた。その効果もあって12年以降、英国全体で観光客の数は25%も増えた。

――文化イベントを通じて、日本各地の魅力を世界に示すために、どんな仕掛けが考えられますか。

青柳氏 文化庁が「文化情報プラットフォーム」という情報のホームページをつくる。ここに各地の文化イベントに関する情報を集める。言語は日本語、英語、中国語の3カ国語を用意する。できればもっと言語は増やしたい。ここに誰もがアクセスできて、いつ、どこでイベントが実施されているのかを分かるようにしたいと思っている。

――そのサイトのコンテンツ制作は誰が担うのでしょうか。

青柳氏 今後、地域の大学などに働きかけていく。大学生の多くはスマートフォンを持っているので、動画や写真を使って、祭りなどの特徴を発信してもらいたい。そのイベントの評価も入れた情報を集め、プラットフォームに投げ込んでいけば、20年には、約1300年前に作られた「風土記」の平成版ができる。これは日本にとっても、海外から日本を訪れる観光客にとってもガイドブックになるし、文化プログラムのレガシー(遺産)にもなる。

――文化イベントの集大成としてロンドン五輪直前に開催した「ロンドン2012フェスティバル」の実績を踏まえ、東京にはどんなイベントを期待しますか。

マッケンジー氏 大会が始まってしまえば、誰も文化に興味を持たなくなるだろう。むしろ、アーティストも含めて大会期間中はスポーツに集中してもらいたい。ただ、大会が始まる直前は世界中の人々が日本を見ている。そこでは見せびらかすぐらいのつもりで、日本の文化芸術を示してほしい。アーティストはそれまで見たこともないような芸術で人々を驚かせることができる。そんな新しい作品を歓迎したい。

――東京大会直前の20年春に予定される「東京2020フェスティバル(仮称)」はどんな内容になりますか。

青柳氏 例えば、昨秋の「大相撲beyond2020場所」では、海外からの来た人、障害者の方に大相撲を見てもらう特別のプログラムを作った。政府は「オリンピック・パラリンピック基本方針推進調査」によって、大会の開催機運を醸成するため、16年度に30件以上のプロジェクトを実施している。私はそのプロジェクト審査委員会の委員会を務めた。こうした様々な取り組みの中から、ルースさんが言うようにクオリティーも見極めながら、文化プログラムについて知らせていけば、いろいろなところから手が挙がってくると思う。

――ロンドンでは障害を持つアーティストに活躍の機会を提供することができたようですが。

マッケンジー氏 障害者アーティストの支援はロンドン大会で大成功したもののひとつ。アーティストの創作活動を後押しする「アンリミテッド」というプログラムを展開した。アーティストが野心的に活動することを促し、才能あるアーティストの能力を一段と高めていく取り組みになった。その結果、ロンドン・パラリンピックの開会式でパフォーマンスを披露して大会を盛り上げるのに貢献したアーティストもいる。ロンドン大会から5年たった今も、このプログラムは進行中だ。さらに、この要素は16年のリオデジャネイロ大会にも取り入れられ、20年東京大会でも導入されている。日本で障害者アーティストの才能や能力を高める取り組みがあるのは喜ばしいことだ。

――才能ある障害者アーティストの台頭が東京大会でも期待されます。

青柳氏 専門的な芸術の教育を受けていない障害者らによる「アールブリュット(生の芸術)」を紹介するテレビ番組が放映されており、障害者の芸術は注目が高まっている。今後も20年に向け、障害者の芸術に注目する動きがいくつも出てくると思う。障害者アーティストの支援は、いかにしてシームレスな社会をつくるかということにつながる。健常者と障害者が連続している世界をつくる。それが目標。それを実現したい。

ルース・マッケンジー氏
英国の地方劇場「ノッティンガム・プレイハウス」の運営などで手腕を発揮し、国際的な芸術祭などのディレクターを歴任。2012年ロンドン五輪・パラリンピックの「カルチュラル(文化)オリンピアード」のディレクターを務めた。現在はオランダの国際的な芸術祭「ホランド・フェスティバル」芸術監督、パリの「シャトレ座」芸術監督として活躍する。59歳。
青柳正規氏(あおやぎ・まさのり)
67年(昭42年)東大文卒。東大名誉教授、国立美術館理事長兼国立西洋美術館長、文化庁長官などを歴任。東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の文化・教育委員会委員長を務める。東京都出身、72歳。

カルチュラルオリンピアード 五輪・パラリンピックの開催国で実施される文化・芸術イベント。五輪開催までの4年間にわたり、彫刻や絵画などの展示、舞台公演のほか、開催国の文化を紹介するイベントなど多彩なプログラムが組まれる。20世紀前半の五輪はスポーツだけでなく、「芸術競技」があり、メダルをめぐって芸術家が競い合った。芸術競技がなくなった後も「芸術展示」は続き、1992年バルセロナ大会からは4年間の文化プログラムが実施されるようになった。