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ウェーベルンの現代音楽弾く ピアニスト・瀬川裕美子

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ピアニストの瀬川裕美子さんが現代音楽の始祖ウェーベルンの作品を弾き続けている。2月に出した最新CDにも唯一の作品番号付きピアノ曲「変奏曲」を収録した。十二音技法で従来の調性感を無くしたわずか6分の前衛作品にこだわる理由を弾き語る。

透き通った静かな空間にくっきりと、ピアノの音色がまばらに浮かび上がる。1音目はファとミの二重音、次が単音のシ、続いて半音高いファとソの二重音、さらに半音高いド。こんな調子で最初の4小節のうちに半音階でドからシまでの12種類の音がすべて出そろう。3月13日、松尾楽器商会(東京・千代田)の松尾ホール。瀬川さんがスタインウェイのピアノに向かって弾き始めたのは、アントン・ウェーベルン(1883~1945年)作曲の「変奏曲 作品27」。十二音技法という作曲法で構成された、硬質な雪片のような、研ぎ澄まされた音楽だ。

ウェーベルンの十二音技法による「変奏曲」

ウェーベルンは同じオーストリアの作曲家アルノルト・シェーンベルク(1874~1951年)、アルバン・ベルク(1885~1935年)とともに新ウィーン楽派と呼ばれる。シェーンベルクの弟子がウェーベルンとベルクという関係だ。長調や短調といった西洋音楽の伝統の調性を乗り越え、無調や十二音技法による現代音楽を切り開いた。十二音技法とは、平均律の半音階12音による音列で構成する作曲法。音列内の音の反復や重複を避けてこの技法を徹底すれば、長調や短調の調性感を持たない新たな音楽を生み出せると彼らは考えたという。

十二音技法では12音による独自の音列が提示され、その音列を最終音から逆順に進ませる逆行形、音程の高低を逆にした反行形、その反行形をさらに逆順にした逆反行形、音列全体の音程を上下させた移行形などを素材にする。こうした音列の変形を巧みに組み合わせて曲を作る。シェーンベルクが1920年代に十二音技法を体系化したが、ウェーベルンの1910年代の作品にもすでにその兆しがあるといわれる。

ウェーベルンが1936年に完成させた「変奏曲」は、十二音技法を全面的に採用し、精緻化した作品だ。ウェーベルンにはピアノ曲が数曲あるが、作品番号付きはこれ1曲のみ。そもそも彼の全楽曲は作品31までしかなく、作品番号無しの曲を含めてもCD全集でたった6枚に収まるほど寡作だ。曲の演奏時間も数十秒から数分と短い。全3楽章で構成された「変奏曲」も第1楽章が1分50秒、第2楽章が45秒、第3楽章が3分30秒程度と極めて短い。無駄をそぎ落とし、音を切り詰めている。

新しい感動の質を教えてくれる音楽

瀬川さんは2月に出した最新CD「肥沃の国の境界にて 線・ポリフォニー…」(発売元:トーンフォレスト)にこの「変奏曲」を入れた。併録したベートーベンの「ピアノソナタ第29番『ハンマークラヴィーア』」では、作曲家自身が指示した異例のメトロノーム指定をほぼ守る超高速演奏を貫徹している。ウェーベルンやフランス現代音楽の旗手だったピエール・ブーレーズ(1925~2016年)、さらには近藤譲氏の作品と並べて、ベートーベンやブラームスの曲も入れた独創的なコンセプトも奏功し、このCDはクラシック音楽専門誌「レコード芸術」の準特選盤に選ばれた。

実は瀬川さんが「変奏曲」をCD録音したのは2度目。彼女の自作を含む2013年のデビューCD「ほんの一息の吐息から…」(発売元:ハラヤミュージックエンタープライズ)にも入っている。リサイタルでもたびたび演奏するほどにこの曲を好むのはなぜか。「弾いていてすごく教えられる。感覚的なもの、デリケートなものを引き出される。新しい感動の質を教えてくれる」と瀬川さんは語る。幼稚園から高校まで一貫して国立音楽大学の付属校に学び、国立音大の鍵盤楽器ピアノ専修を首席で卒業。「日本ピアノコンクール特級の部」第1位。「ショパン国際ピアノコンクールIN ASIA大学生部門」で金賞と審査員特別賞を受賞。13年から本格的にソロ活動を始めた。鋭い感覚と奇抜な発想、高度な技術を持つ天才肌のピアニスト。欧州留学組とは異なり、日本で培われた独自の感性と論理で演奏を組み立てる特異なアーティストだ。

「生きるということは1つの形式を擁護することだ、とウェーベルンは言った。彼にとって十二音技法は擁護すべき形式であり、人生そのものだった。だが十二音技法は下地にすぎない。そのもっと上澄みのところの表現、音と音のつながりの刹那に感じる知覚の反応力を引き出す表現を獲得するための技法にすぎなかった」と瀬川さんは説明する。下地としての十二音技法から得るべきものは「香りというか、薄い、上澄みの、肌感覚のような世界」だと言う。それは詩情なのかもしれない。だが彼女は「詩情というのは、恣意的な感覚ではなくて、あくまでも人間の持つ知覚の反応力を引き出すものだ」と強調する。

現代の音列を表情豊かに歌うように弾く

十二音技法による現代音楽といえば、冷たい機械的な曲を思い浮かべる人が多いだろう。順列・組み合わせの数学理論に基づくような作曲技法ならば、人工知能(AI)に作曲を任せたらどうか、と。しかしどんな音楽にもAIに教え込める何らかの理論体系がある。そうではなくて「ウェーベルンが最も伝えたかったのは、十二音技法による音楽はただの音の羅列ではないということだった」と瀬川さんは指摘する。「彼は『変奏曲』を弾くピアニストにエスプレシーヴォ(表情豊かに)やカンタービレ(歌うように)という演奏表現を特に要求した」と話す。

モーツァルトやチャイコフスキーのようなクラシック、あるいは歌謡曲など、親しみやすいメロディーや和声を持つ調性音楽に慣れ親しんだ耳では、半音階12音による音列をメロディーとは思えないだろう。従来の常識ではメロディーとも呼べないような音列を、作曲家自身は表情豊かに歌ってほしいと願っていた。確かにウェーベルンの作品には歌曲が多い。作品番号付きの全31作品だけでみれば半分以上が声楽曲だ。

ウェーベルンを聴くというのは「音を置いていく過程にできたわずかなハーモニーに奥行きを感じながら、目で音を追うように聴く」ことだと瀬川さんは言う。「ウェーベルンは学生時代にルネサンス音楽を研究した。過去の音楽を否定するどころか、古いことを新しく言おうとした」。例えばグレゴリオ聖歌。「たった一声、単旋律の歌だった。その単旋律が枝分かれして、西洋のポリフォニー(複旋律音楽)が作られていった」。しかもグレゴリオ聖歌の単旋律は今日のメロディーとは異質だ。ならば20世紀に生まれた十二音技法による現代の音列も歌であるはずだ。

クレーの絵と現代音楽が生み出す詩情

「十二音技法の理論を学ぶのではなく、音楽を体験してほしい」と瀬川さんは言う。「何かそこにひっかかるようなものをそれぞれが聴き出してくれる程度でいい。私も十二音技法の理論を全部覚え込んで、頭だけで弾いているわけではない。音楽はむしろすごく感覚的なものだ」と主張する。そして「変奏曲」第3楽章の楽譜に1カ所だけある「ツァールト(柔らかく、そっと)」というウェーベルンの指示表記を「ここがとても大事」と指摘する。

瀬川さんがウェーベルンと向き合うきっかけとなった本がピエール・ブーレーズ著「クレーの絵と音楽」(ポール・テヴナン編、笠羽映子訳、筑摩書房)。スイスの画家パウル・クレー(1879~1940年)の絵と音楽との関係について、ブーレーズが作曲家の立場で論じた著作だ(現在品切れ)。空間を格子状に区切って構造化し、そこからはみ出すような動きによって詩情を醸し出すクレーの絵画。「クレーの線には動きがある。動く状態を線に収めている」と瀬川さんは話す。空間を構造化する格子の法則が十二音技法に当たる。だから「格子は下地にすぎない」。格子を越える動きが歌になる。「ウェーベルンは十二音技法で自らの個性を匿名性に近いところまで追い詰めて曲を書いた」。十二音技法の完璧な秩序で作曲する彼のやり方をさらに推し進めたのがブーレーズ。音色や強弱、アクセントなども厳密に12段階に管理する総音列技法(トータル・セリエリズム)を編み出した。

瀬川さんの最新CDの題名「肥沃の国の境界にて 線・ポリフォニー…」はクレーの絵「肥沃な国の境界に立つ記念碑」からとった。「肥沃な国」(クレーのドイツ語原文「フルヒトラント」の笠羽氏訳)とは何か。ブーレーズは同著でクレーの「肥沃な国の境界」について書いている。それを現代音楽に置き換えると、十二音技法や総音列技法による時間の構造化を越えて詩情が獲得されれば、作曲家も聴き手も「肥沃の国」の側にいるということになる。逆に技法に圧倒され、構造に埋没してしまえば、そこは不毛の国だ。肥沃の国の境界線ぎりぎりで全く新しい詩情を求めて格闘するのが現代音楽。「音楽の根源を突き詰めていく作曲家がいいですね」と瀬川さんは言う。肥沃の国の境界に彼女のピアノが鳴り響く。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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