労働時間に上限、政府が議論
平日の働く時間、昔より長く
長時間労働に歯止めをかけるため、働く時間に上限を定める議論が政府で続いています。日本人は世界でみても長く働いているからです。例えば週に49時間以上働く男性労働者の割合は、欧州諸国が10%台なのに対し、日本は30%程度になっています。
なぜこうも違うのでしょうか。英国では産業革命の頃から「仕事に8時間、休息に8時間、やりたいことに8時間」と唱えられるなど、昔から働く時間に問題意識を持っていました。欧州連合(EU)は今、労働時間は原則週48時間までと決めています。
一方、日本で労働基準法ができたのは戦後間もない1947年です。当時は会社も労働者も精いっぱい働いて豊かになりたいという思いが強くありました。そうした背景から労働時間を例外的に延ばせるしくみがつくられました。
高度経済成長期には終身雇用が定着します。会社は不況でもクビにしない代わり、景気が良い時には社員に残業を求めました。労働組合も働く時間を減らすことより、賃金を上げることに力を注ぎました。家庭でも男性が妻と子を養うため、残業代を生活費に織り込んでいた面もありました。
しかし時代は変わりました。残業してモノを作れば作るほど売れるような社会ではなくなりました。子育てや親の介護をしながら働く人も増えており、これまでのようなモーレツな働き方には無理が来ているのです。電通の新入社員が過労自殺したことで一気に注目が集まった長時間労働の問題ですが、実は多くの人にかかわる時代の要請だったのです。
それなのに働く時間は減っていません。黒田祥子・早大教授と山本勲・慶大教授の分析では、フルタイムの人の労働時間は1980年代も2000年代も週に50時間程度のままです。その間に休日は増えたので、1日の働く時間が長くなっています。平日に10時間以上働く男性は、1976年には17%でしたが、2011年には43%という分析結果になりました。
政府は残業時間の上限に違反した企業は罰する検討をしています。時代の変化から見れば、重い腰をやっとあげたと言っていいでしょう。
黒田教授「業務を見直し、生産性向上を」
長時間労働の問題を経済学者はどうみているのだろうか。労働経済学が専門の黒田祥子・早稲田大学教授に話を聞いた。
――長時間労働にはどのような負の効果があると思いますか。
「一つは健康問題です。極端な場合は死に至りますが、その手前でも心や体の健康を壊すことがあります。私と山本勲・慶応義塾大学教授の共同研究では、1週間当たりの労働時間が50時間を超えるとメンタルヘルスが明らかに悪化する傾向がわかりました。その時は平気でも数年後に鬱になりやすいという研究も出ています」
――労働時間に上限を設ける意味はありますか。
「あると思います。長時間働きたがる人がどのような人か調べたことがあります。職場で長時間労働が評価されたり、無理難題に答えることが善とされたりする会社に勤めている人ほど希望労働時間が長くなることがわかりました。つまり会社の理念や上司の評価にとらわれて行動しているのです」
「一人の行動が他の人にも影響を与えてしまうという問題もあります。みんなが24時間一生懸命働く会社では、一人だけ異なる働き方はできません。ある会社が一つだけワークライフバランスをとなえても、同業他社にお客を奪われてしまいます。マクロレベルの調整が必要で、そのために1番わかりやすいのが労働時間の上限を規制することです」
――労働時間が減ると経済成長が減速しませんか。
「時間をかけさえすれば良いものができるはずだという幻想が日本人にこびりついているようです。これまでの仕事で非効率な部分や意味のない業務を見直して、時間当たりの生産性を上げていけばいいでしょう。日本よりずっと労働時間が短いドイツで働いていた人のヒアリング調査をしたこともありますが、17時に仕事を終えることを最優先に考えて、集中して仕事をしているようです。日本もこうした考え方を取り入れていく必要がありそうです」(福山絵里子)
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