出世ナビ

キャリアの原点

ハイサワーの跡取り娘、自宅療養3年で学んだこと 博水社 社長 田中秀子氏(下)

2017/3/30

10歳代の頃はバレリーナにも憧れたという。だが、腰のヘルニアで入院して断念。結局、バレエの道は諦めた。30歳を目前に難病を患ったこともある。3年以上も固形物を口に出来ない療養生活を送った。奇跡的に寛解し、通常の生活を送れるようになった時、博水社の3代目社長、田中秀子氏はあることを思ったという――。

◇   ◇   ◇

ハイサワーの売れ行きが伸びていた頃、父はさらなる設備投資をするかどうか、で悩んでいました。工場を新設すれば、多額の借金を抱えることになります。娘2人だし、どうしようかと考えたと思います。

結局、父は工場を新設せず、清涼飲料水業界でOEM(相手先ブランドによる生産)を専門に請け負っている工場に製造委託する選択をしました。

清涼飲料水や食品などの工場に関しては年々、基準も厳しくなり、「危険度分析による衛生管理(HACCP)」の取得が義務化され、容器のトレンドも激しく移り変わっていきました。うちの会社の規模であのまま自社工場に投資をしていたとしても、とてもそうした流れに追いついてはいけなかったでしょう。

製造委託を決めた後、父は工場建設に回そうと思っていた虎の子の資金を使い、「わるならハイサワー♪」のサウンドロゴが入ったテレビCMを打ちました。うちが小さいながらもブランドを確立できたのは、あのCMのおかげ。そう考えると、父の判断は正しかったと思います。

■難病を患い、入院生活を余儀なくされる

あれは入社して6年後のことでした。30歳を目前にした頃に、難病指定の潰瘍性大腸炎を患いました。食事もまったく取れなくなり、点滴のみの入院生活が10カ月間以上続きました。

強い薬を投与していましたから、病院から一歩も外へは出られませんでした。やっと退院できるようになった日のことは、いまだに忘れられません。

出世ナビ 新着記事

ALL CHANNEL