香りが睡眠に及ぼす効果は? アロマで不眠症が治る?

日経ナショナル ジオグラフィック社

2017/4/18

それでも嗅覚系に関する興味が尽きないのは、嗅覚の最終地点が眼窩前頭皮質だからである。眼窩前頭皮質は匂いを感知、理解するだけでなく、意思決定、報酬や罰の判断(損得勘定)、食欲、学習、記憶など幅広い脳活動に関わっている。

実際、眼窩前頭皮質が傷つくと、衝動的な行為、性欲やギャンブル、飲酒などの欲求が抑えきれず、社会的な逸脱行動が増加するなどの感情や行動面での異常が生じるようになる。しかも先にも触れたように、嗅覚は情動調節に関わる扁桃体も経由する。

アロマと「記憶」の興味深い関係とは

このように、嗅覚刺激は感情や行動に深く関わる脳部位に直接リンクしており、これは他の感覚刺激にはみられない大きな特徴なのである。現時点では確実な証拠はないものの、感情を落ち着かせる、気力を奮い立たせる強力な効果を持つアロマが存在しても不思議ではない。ただし、そのアロマは現在商品化されている「バラ」や「ラベンダー」のような心地良い、しかし効果のマイルドな既知の香りとは違うかもしれない。

嗅覚に関わる遺伝子はきわめて多数あり、ヒトでも数百、千以上もつ動物もいる。その組み合わせによって意識的、無意識的にかぎ分けられる匂いの種類は膨大である。このように多数の嗅覚遺伝子(すなわち嗅細胞を構成するタンパク質)が存在するのは生存に必須となる餌や外敵を敏感に見分ける必要があるからである。

私たちの行動により強い影響を与える匂い物質が見つかる、もしくは合成される可能性は決して低くない。ストレスフルな出来事があっても、寝室に香りを漂わせているだけで翌朝にはリフレッシュ! といった効果のある商品ができればすぐにでも今の職場を辞めて会社を設立するのだが……。

嗅覚と睡眠については、今回紹介したような治療(癒やし)だけではなく、記憶をテーマにした興味深い研究も行われている。

例えば、バラの香りのもとでカードの組み合わせなど記憶し、その夜に寝ている間に(ノンレム睡眠中に)バラの香りを流すと、目覚めた後に記憶を引き出しやすいという。この研究結果は権威ある科学誌に掲載されとても有名になった。嗅覚の神経伝達路は短期記憶に重要な「海馬」という脳部位にも連絡しているため、睡眠中に記憶を固定する際の手がかりになるらしい。

世界は匂い(臭い、香り)に満ちている。嗅覚が睡眠に及ぼす効果は光(視覚)のように絶大ではないかもしれないが、生活に密着しているだけにジワリと効いている可能性がある。その程度はともあれ、知らぬ間に私たちの行動もアロマに影響されているのかもしれない。光が主役とすれば、嗅覚は名脇役、性格俳優といったところだろうか。

三島和夫
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2017年3月16日付の記事を再構成]

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