五輪に向けた地方発信拠点 その名も「新虎マーケット」

新虎通りの広い歩道上にオープンした、常設の路上マーケット(東京都港区)
新虎通りの広い歩道上にオープンした、常設の路上マーケット(東京都港区)

2020年の東京五輪・パラリンピック開催を契機に変貌を遂げようとしている東京・虎ノ門。これまでは、官庁街に近くオフィス街というイメージが強かったが、ひと味違ったにぎわいが出てきた。新しいにぎわいを支える背骨の役割を担うのが新橋から虎ノ門へ通じる通称「新虎通り」だ。東京大会の競技会場が多い臨海部と都心を結ぶ環状2号線の一部で、左右それぞれに幅13メートルの広い歩道がある。この広い歩道をにぎわいの場所として生かし、五輪後につながる活気あるまちづくりを目指そうと、キーマンたちの奮闘が続いている。

2月にオープンした店舗では、地方の特産品などを扱う(東京都港区)

2月24日、新虎通りの歩道上に全国の特産品や食を紹介し、販売する物販飲食施設「旅する新虎マーケット」がオープンした。464市町村でつくる「2020年東京五輪・パラリンピックを活用した地域活性化推進首長連合」が主催。数カ月ごとに変わるテーマに沿って、地方の魅力を伝えることを目的にしている。2~6月は「木の芽風と薫風」をテーマに山形市、神奈川県湯河原町、愛媛県今治市、富山県高岡市、山口県宇部市が出店する。マーケット内の食をテーマにした「旅するスタンド」で富山県高岡市は地元産の日本酒とおでんを併せて提供するほか、今治市はかんきつ類を使ったサワーを販売。食を通じて旅行したい気持ちを盛り上げる。「旅するストア」には各地の特産品が並ぶ。

虎ノ門ヒルズ(写真奥)につながる「新虎通り」には車が多く行き交う(東京都港区)

公道上に常設の建築物をつくるのは珍しい。プレハブ風のガラス張りの小屋やオープンエアのカフェが点々と並び、旅先の街を散策する雰囲気を演出している。旅するように地方の名産品に触れることができるコンセプトで、五輪で訪日外国人客の増加が見込まれる中、地方をアピールする絶好の場と期待がかかる。20年まで継続的に運営する予定だ。

事務局を務める森ビルで、街づくりを統括しているのが森ビルタウンマネジメント事業部長の松本栄二氏(51)だ。森ビルはこれまで六本木ヒルズやアークヒルズで街づくりのノウハウを蓄積してきた。松本氏は「国際新都心として東京の磁力を高める」と虎ノ門の開発に意欲をにじませる。

タウンマネジメント事業部は、街のにぎわいをつくるため、街全体を運営する部門。エリア内の広告スペース販売やイベントのスタッフ教育など管轄する業務は多岐にわたる。松本氏は1999年に森ビルに中途入社する前は、大手ゼネコンでオフィスビルの開発業務に携わっていた。「開発の意思決定に関わり、川上に位置するデベロッパーに興味を持った」(松本氏)

森ビルは現在、虎ノ門地区で大規模再開発を進めている。住居、労働、遊びの機能が備わり、ビジネスマンも快適にすごせる街である国際新都心を目指す。ニューヨークやロンドンといった、名だたる都市と戦える都市に育て上げようとしている。虎ノ門ヒルズの両側にはオフィス中心のタワー、住宅中心のビルを建設。新橋や臨海部へと続く新虎通りは重要な役割を担っている。

国際新都心を実現するには「地域資源の発信も欠かせない」と松本氏は話す。これまで地元の関係者や行政機関と粘り強く交渉を重ねて、信頼関係を構築してきた。五輪開催地は開催が決まると観光客が増える傾向にあるという。「東京の都市空間を使って地方をアピールするチャンス。文化発信の拠点にする」と期待を込める。16年11月には実行委員会に森ビルも参加し、東日本大震災からの復興と犠牲者の鎮魂を祈って東北6市の夏祭りが集う「東北六魂祭」のパレードを東京都と共同で開催した。

「地道な取り組みを一つ一つ重ねて、街を盛り上げていく」と話す新虎通りエリアマネジメント協議会会長の松本栄一氏

地域住民らが参加する「新虎通りエリアマネジメント協議会」の松本栄一会長(79)は02年に発足した再開発協議会の虎ノ門部会の会長を務めた後、15年に現職に就いた。再開発関連の協議会の要職に就いて以来、これまで100回以上の会合を森ビルや地元住民と重ねてきた。生まれも育ちも虎ノ門の松本会長は、戦後、道路の建設計画が持ち上がったときの地元の反発を、目の当たりにしてきた。道路ができることで街が分断されるのではないかと地元の多くが懸念していたという。

1946年、環状2号の建設計画が決まったものの、半世紀近く建設は進まなかった。地元にとどまりたい地権者が多く、用地買収が難しかったためだ。状況が変わったのは道路の上下に建物を建てられる「立体道路制度」ができた1989年。幹線道路を建物の下に造れる制度で、地権者が地元を離れずに済むようになった。合意形成が一気に進展した。

「前例がないだけに、苦労も多い」と松本会長。道路はできたが、入り口が通りに面していない建物が多く、店舗も少ない。古いビルが多く、建て替えも少しずつ進んでいるが、時間がかかる。「地道な取り組みを一つ一つ重ねて、街を盛り上げていく」。松本会長の語り口は力強い。五輪前後は訪日客増加に拍車がかかる見込み。虎ノ門を「旅する新虎マーケットのように、ここに来れば新しい体験ができる、という場所にできればよい。世界中から色々な人が集まり、にぎやかな街になればよい」と話す。

新虎通りを「街の背骨」と表現する新正堂社長の渡辺仁久氏

「虎ノ門ヒルズと最中(もなか)店の融合は面白い」。「切腹最中」で有名な老舗最中店、新正堂の代表取締役で港区観光協会の会長を務める渡辺仁久氏(65)はにこやかにいう。祖父の代から新虎通りができるさまを見てきた。老舗店と新規参入の店が混在することが「街の力となる」(渡辺氏)。新虎通りを「街の背骨」と表現する。新橋と虎ノ門をつなぎ、交通の要衝となっている。港区は高層ビルの間に泉岳寺や増上寺といった歴史的な建造物が多い。「訪日客が興味を持つ建物が多い。新虎通りを起点にして訪ねてほしい」と語る。

「時間が少しゆっくり流れているように思える」と話すアンカースター代表取締役の児玉太郎氏

新しいにぎわいを目指して起業家も集まり始めている。アンカースターは、日本進出を計画する海外企業を支援する。児玉太郎代表取締役(39)は、ヤフージャパンを経てフェイスブック日本法人の立ち上げに携わった。6人で始めたが「国内企業が使ってくれたことが大きかった」と振り返る。

創業は16年5月。英語で「碇(いかり)」のアンカーを社名に盛り込んだのは「海外企業が日本に上陸するときの船着き場のような存在になりたい」と考えたからだ。日本進出後、海外企業が困るのが商習慣の違い。名刺印刷や銀行口座の開設といった基本的な事務は気軽に相談できる相手がいればすぐに解決できるが、相談相手がいなければ、つまずきの一因になる。アンカースターには会議ができるスペースのほか、歓談できるテーブルもある。ビジネスパートナーを見つけてもよい。

地方自治体が3カ月交代で出店する(東京都港区)

虎ノ門を創業の地に選んだのは近くに公園があり、比較的低いビルが多いこともあって「時間が少しゆっくり流れているように思える」(児玉氏)からだ。銀座や丸の内、日比谷などとも近いことも魅力だ。五輪の経済効果は大きく、日本に注目する海外企業も増える。「日本の最初の拠点は虎ノ門」が定着すればよいという思いが強い。

旅する新虎マーケットは、3カ月ごとに自治体が交代して出店する。新虎通りから国内外に向けて情報を発信することになる。ヒト、モノ、コトが融合をしてどんな化学反応を見せるか。これまでにない取り組みに期待が集まる。

(商品部 斎藤公也)