ライフコラム

旭山動物園、坂東元の伝える命

エゾシカの「個体数調整」 死を心で受け止めて

2017/3/19

 さて本州では、春の足音も近づいてきているのでしょうか? 旭川も3月に入り、日差しが暖かく感じられるようになってきました。とはいっても、まだまだ冬です。今年は例年になく雪が少なく、下手をしたら3月下旬には地面が見えるのではないかと心配しています。

 旭川では、毎年2月下旬から3月にかけて、集中的に鳥獣保護区でのエゾシカの個体数調整を行っています。個体数調整?? そうです、いわゆる駆除です。秋から冬にかけての狩猟期間になると、エゾシカは鳥獣保護区など撃たれない場所に集まります。エゾシカは本来「食べられる側」の動物なので、自分を狙う生きものの習性を見抜いてきます。狩猟者の行動は読み切られつつあるのです。ですから、本来は狩猟を禁止している鳥獣保護区での駆除となります。

 北海道では農作物など人の生活に関わる被害のみならず、自然の森林や高山植物に対するエゾシカの被害が甚大です。自然の生きものが、自然そのものを崩壊させかねない存在になりました。また、エゾシカが原因の交通事故は年間2,000件、JRの衝突事故は2,700件近くに上ります。増えすぎたエゾシカは、捕殺せざるを得ないのです。捕殺数は年間で13万頭前後に上ります。内訳は、ハンターが狩猟期間に自由意思で行う狩猟と、行政が計画的、あるいは農業被害などが大きいために特別に許可をして行う有害駆除(ここでは個体数調整も含みます)に分かれます。北海道では、有害駆除が約7割に上ります。

 2月の最終日曜日、ハンター数十名が集まり、「巻き狩り」を行いました。半数がエゾシカを追う「勢子」で、もう半数が追い込まれたシカを撃つ「待ち」に分かれます。自分は待ちになりました。前日にまとまった雪が降り、動きが制約されたこともあって85頭のエゾシカが捕れました。すべてを山の中から搬出するのに、3時間以上かかりました。85頭はすべて、需要が増えてきたペットフードに加工されます。地元のおいしい野菜をいただけるのも、このようなエゾシカの死があってなのだと、改めて気付かされました。

 エゾシカの問題は平成20年頃から大きく取り上げられ、年間駆除数を新聞などで目にするようになりました。自分も「実態はどうなっているのだろう」と、駆除の現場に行きました。北海道での駆除は、狩猟も含め冬期間に集中的に行われるのですが、駆除されたエゾシカの焼却や埋却が間に合わず、野積みになっている現場をたくさん見ました。産業廃棄物として扱われています。これが、十数万頭の駆除の実態でした。

 私たちの生活が、十数万頭の駆除の上に成立していることは事実です。奪った命が産業廃棄物としてゴミとなっても、社会の関心は数字だけに集中します。一方、町の中にエゾシカが現れると、「かわいそうだから捕まえて山に返して」となります。しかし、返した先の山では税金を投入し、個体数調整を行っているのです。見えないところで起きていることには感情が動かず、見えるところに対してだけ感情的になる……。どこか都合が良すぎます。将来の共存を考えるとき、「邪魔なものは誰かが処理すればいい」ではなく、「十数万頭の『命』を奪っている」との事実を共有しなければならないと、強く思うようになりました。

 自分も狩猟の免許を取り、その過程も含めた特集番組もありました。「命を守る動物園の人間が命を奪うとは何事だ!」――批判の電話が鳴り止みませんでした。命は誕生したら、どのような形であれ必ず死にます。死を心で受け止め、死を大切にできなければ、生きていることも命も大切にはできない。自分はそう思います。

 エゾシカが増えた背景には気候変動の影響だけでなく、耕作放棄地などの増加でエゾシカの栄養状態が良くなったこと、愛護的な感覚から本格的な駆除の開始が遅れたことなど、さまざまな要因が重なっています。本州以南でも野生動物の害獣としての問題は大きくなっています。ヒトが優先的に利用し、野生動物との緩衝地帯でもあった里山が急速に荒れ、自然に戻ったことでシカやイノシシ、ニホンザルなどが増えました。ヒトと野生動物の関係でいうと、ヒトの生活圏から野良犬や野犬がいなくなったことで、野生動物がヒトの生活圏に入りやすくなった実態も挙げられます。

 日本には、調和とバランスを保っていた自然の生態系がもはや、ありません。最終調整者であるオオカミを邪魔者として、絶滅させてしまったからです。私たちの生活基盤を失ってもいいのなら、ヒグマやツキノワグマを頂点とする、今とは様相を異にするバランスの生態系が生まれるのでしょうが……。

 自然保護や動物愛護の観点から、「ヒトの都合で命を奪うべきではない」という考え方もありますが、動物はヒトが優しくしてくれるとは受け止めず、ヒトをただ、無害な存在とだけ認識するようになります。野生動物は、明日が保証された中で生きてはいません。自分に対して関わりのある生きものの振る舞いや感情の変化を敏感に察知し、行動します。野生動物との関係は、一種の陣取り合戦です。相手の態度に応じ、距離を詰めてきます。

 旭山動物園は今年で開園50周年を迎え、オオカミをあしらった記念ロゴを作成しました。日本人が最初に絶滅させたほ乳類が、エゾオオカミです。「二度とこのようなことを起こさないように」との願いを込め、つくりました。

(撮影・桜井省司、提供:株式会社LEGiON)
坂東元(ばんどう・げん) 1961年旭川市生まれ。酪農学園大学卒業、獣医の資格を得て86年から旭山動物園に勤務。獣医師、飼育展示係として働く。動物の生態を生き生きと見せる「行動展示」のアイデアを次々に実現し、旭山動物園を国内屈指の人気動物園に育てあげた。2009年から旭山動物園長。

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