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100年前の写真でよみがえる美しい桜 横浜から米国へ

日経ナショナル ジオグラフィック社

2017/3/26

ナショナルジオグラフィック日本版

ワシントンDCの春を代表する桜の木は、いくつもの障害を乗り越えてこの地へやってきた。(PHOTOGRAPH BY CLIFTON R. ADAMS, NATIONAL GEOGRAPHIC)

 米国の首都ワシントンDCといえば、大理石の建築物や整った街並みとともによく知られているのが桜並木。毎年この時期に咲き誇る花々は、見物に押し寄せる観光客とともにワシントンの春の風物詩となっている。

 しかし、桜は元々ワシントンに存在していたわけではない。日本からやってきたものだ。日本の桜が、なぜ今米国で花を咲かせているのだろうか。そこには、満開の桜と同様に私たちの心を奪う、意外な物語があった。それは今から100年以上前、横浜でのある偶然の出会いから始まった。

 今でこそ、スーパーへ買い物に行けば色鮮やかな野菜や果物が目を楽しませてくれるが、かつて米国で栽培されていた作物は味気ないものばかりだった。米農務省のデビッド・フェアチャイルドは、米国の農業に利益をもたらしてくれそうな新しい植物を探して世界を飛び回っていた。そして、1902年に訪れた日本の地で、桜に出会ったのである。

1918年前後の日本。桜の花越しにポーズを取る女性たち。撮影したエライザ・シドモアは、ワシントンDCに桜を植えることを最初に提案した人物。(PHOTOGRAPH BY ELIZA R. SCIDMORE, NATIONAL GEOGRAPHIC)

 2016年2月、私は、米国へ初めて正式に持ち込まれた桜の故郷、横浜を訪れた。フェアチャイルドについて研究するようになって数年、彼が米国へ持ち帰った数々の外国産の植物のひとつである桜が、どこからやってきたのか、自分の目で確かめたかったのだ。野球が米国人の心の中心を占めているのと同様、桜はまさに日本人の心であることは、そこにいるだけで感じることができる。桜の木はいたるところに植えられ、多くの日本人を魅了し、そして満開の時期の桜は実に圧巻だ。

 フェアチャイルドの軌跡をたどり、創業120年を超える園芸会社、横浜植木を訪ねた。この会社は創業当時、外国で桜の需要が生まれようとしていることにいち早く気付いて、桜の木を商業化した最初の日本企業のひとつである。「私たちの会社にとって大変名誉な仕事でした」と同社社長の有吉和夫氏は、桜輸出の黄金時代について語る。桜は、外国からの旅行客が持ち帰ったり、日本の公的機関から寄贈されたりして、トルコ、オーストラリア、フランスへと渡っていった。

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