最低生活保障、欧州で実験 豊かな人生の意味問題提起

政府がすべての人に生活に必要最低限のお金を配る「ベーシックインカム(BI)」という制度が世界的に脚光を浴びています。仕事の有無や裕福かどうかに関係なく、例えば10万円を皆に一律に毎月支給する仕組みです。

フィンランドは今年1月からBIの効果を試す社会実験を始めました。2000人の失業者に月額560ユーロ(約6万8000円)を支給しています。働いて収入を得ても支給額は減額されません。働いた分、減額されてしまう失業手当を配る場合に比べ、失業者を減らせるかを2年間かけて検証します。現地からの報道では、「これで新しいスタートが切れるのではないか」と期待する失業者の声が取り上げられていました。

オランダの一部都市などでも実験の計画があります。

ただ、BIを本格的に導入している国はありません。無条件で全員にお金が支給されるため、働く意欲を高めるのではなく失わせると批判的な意見も多いからです。

巨額な財源も必要となります。増税などによって自分の現在の収入が減ってしまう人たちは導入に強く反対するでしょう。昨年6月に国民投票を実施したスイスは、77%が反対し導入が否決されました。反対派からは財源不足や勤労意欲を失わせるとの声が上がりました。賛成派の主張は、勤務時間が短くストレスも少ない仕事に就くなど、自分に合った働き方の選択肢が増えるというものでした。

同志社大学の山森亮教授は、月額6万円程度の支給には例えば一律50%の定率所得税の導入が必要と指摘しつつ、「使える時間が増えるなど、自分の人生を取り戻すことができる」と話します。

21世紀に入り、格差の拡大などで多くの人が生活に不安を感じています。ロボットや人工知能(AI)の能力が上がれば職を失うとの心配も出てきました。

閉塞感が漂うなか、これまでの働き方や「豊かな人生」イコール「金銭的豊かさ」という構図に疑問を持つ人が増えていることが、BIに注目が集まる背景の一つになっています。働き方改革がキーワードになっている日本でも今後、議論が活発になっていくかもしれません。

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山森亮・同志社大教授 導入への障壁は「働かざる者、食うべからず」との心理的束縛

ベーシックインカム(BI)が注目を集めている背景について、同制度に詳しい同志社大学の山森亮教授に話を聞いた。

――欧州などでBI導入の是非をめぐる議論が盛り上がっています。

同志社大学経済学部の山森亮教授

「フィンランドでは今年1月から2年間の予定で、失業者2000人を対象に、月額560ユーロ(約6万8000円)を無条件で支給するBIの試験導入を始めました。この期間中に働いて別の収入を得ても、BIの支給額は減額されない仕組みです。通常の失業手当だと、働いて収入を得ればその分だけ支給額が減らされてしまいます。働いても減額されないBIを受給している人たちと、減額されてしまう失業手当を受けている人たちを比較し、労働市場へと人々を誘導する効果がBIにどれくらいあるのかを見極める狙いです」

――BIには「ばらまき政策だ」という批判や、人々の労働意欲を失わせるのではないかという懸念の声もあります。

「フィンランドでの試験導入の背景にあるのは、働いて収入を得ればその分だけ失業手当が減額される現在の制度が、むしろ受給者の労働意欲を阻害しているのではないかという問題意識でした。欧州ではオランダでもユトレヒトなど一部の都市でBIを試験導入しようとする動きがあります。こちらは行政機関で失業手当を担当している人たちが、まずは不正受給を疑ってかからなければならないという制度の前提に疑問を感じたのが発端でした」

――どうして近年、BIがここまで注目されるようになったのでしょうか。

「BIの考え方自体は200年以上前からありました。本来の考え方では、BIとは対象を失業者に限定するものではありません。年齢や収入、国籍なども問わず、すべての個人に一律の金額を支給する仕組みです。欧州では1970年代の女性解放運動の中で、女性は男性に養ってもらうべきだという家父長的な考え方への反発から要求の声が上がったこともあります。近年、とくに注目を集めているのは2008年のリーマン・ショック以降に既存の社会制度への疑問が広がったことと、人工知能(AI)の能力向上によって多くの労働者が職を失うことになるという懸念が出てきたことが影響しているのでしょう」

――BIが導入されれば私たちの社会はどのように変わりますか。

「もしBIが導入されれば、いま意に沿わない労働に甘んじている人たちも、やりたい仕事のための学習や訓練、準備に時間を使えるようになるかもしれません。地域の活動に取り組む人や、芸術分野などで夢を追う人も増えるでしょう。自分の人生を雇用主に売り渡すのではなく、一人ひとりが自分の人生を取り戻せるようになるのが最大のメリットです」

――BIは巨額の財源が必要になるため、実現性を疑問視する声もあります。

「財源の問題はよく指摘されますが、例えば一律50%の定率所得税を導入すれば、月6万円程度のBIは実現できるはずです。導入に向けた最大の障壁は『働かざる者、食うべからず』という私たちの心理的な束縛なのではないでしょうか」

「スイスで昨年6月にBI導入の是非を問う国民投票がありましたが、投票を求める運動の側のメッセージは『もし生きるためのお金を稼ぐ必要がなければ、あなたは何をしますか?』といういわば哲学的なものでした。私たちが知らず知らずに抱えている心理的呪縛への気づきを促そうとしたのです」

(本田幸久)

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