暗い未来を変える 新しい能力獲得が不可欠リンダ・グラットン著「ワーク・シフト」(2)

A.T. カーニー日本代表 岸田雅裕

A.T. カーニー日本代表 岸田雅裕

本書では、2025年の未来予想図として世界各国で様々な職に就く若者たちのストーリーが語られています。

ロンドンの多国籍企業に勤めるビジネスマンは「いつも時間に追われ続ける未来」を、カイロのフリーランスのプログラマーは「孤独にさいなまれる未来」を体現する架空の人物として描かれています。彼らは一見すると、時差をいとわずに海外の顧客や同僚と仕事をこなすグローバルプロフェッショナルです。

A.T. カーニー日本代表 岸田雅裕氏

日本でもバブル期には羨望の存在だったはずです。近未来、テクノロジーの進展で通勤や出張する必要がなくなり時間に余裕のある生活となるはずが、細切れの時間に追われ、生身の人間と接する機会が減ってしまった寂しい日々を送ることになるとは……。

さらに、先進国に住みながらも急速にグローバル化する人材市場から取り残され新たな下層階級の一員になってしまった米国の若者は、「繁栄から締め出された新しい貧困層」の象徴として描かれています。創造性が高く専門技能への需要がある上層階級との対比として、ロボットや人工知能(AI)に取って代わられる可能性の高い単純作業従事者の暗い未来予想図です。

これが一昔前なら、PTAの役員をしたり、地元の教会で歌を歌ったり、地域のコミュニティーに深く関わることで個人の社会的地位はそれほど問題ではなかったかもしれません。緊密なコミュニティーではさまざまな社会的地位の人たちがごく自然に混ざり合っていたからです。しかし、見知らぬ者同士の関係では個人を特徴づけるに当たり社会的地位・評価が果たす役割が大きくなるのです。

英紙タイムズの選ぶ「世界のトップビジネス思想家15人」の一人でもある著者は、「暗い未来を避けるために私たちが取れる行動はあるのか? 暗い未来のシナリオを書き換えるためにはさまざまなことを試し、対抗策を取ること、そして厳しい選択をおこない、新しい能力を身につけることが不可欠だ」と記しています。

ケーススタディー:私の場合

本書の中では「格差社会」や「新たな下層階級」など、なかなか辛辣な言葉を用いていますが、昔の階級社会やカースト制度のような不条理な世界ではなく、自らの力で抜け出せるのです。

これまでは、ビジネス上の競合といえば国内の同業他社のみを意識していればよかったのですが、今日、グローバル化の進展で世界中の同業のほか(テクノロジーとイノベーションの功罪でもありますが)異業種もライバルになりえる時代です。これは個人にも言えることで、業界や国境という垣根が取り払われた場合、自分と同じような能力や経験を持った人材が数多く存在するということです。そこで、(いい意味で)差別化を図るために必要となってくるのが、本書の中で「セルフマーケティング」と呼ぶところのセルフブランディングです。

では、セルフブランディングするには何をどう始めたらいいのか? 残念ながら誰にでも適応する参考書やノウハウはありませんが、私自身の三十余年の職業人生を振り返ってみると、知らず知らずのうちにセルフブランディングが形成できていたのかも、と思える節がありますので、ここで「ケーススタディー」としてご紹介します。

「就社」ではなく「就職」、安定性より好きなこと

私は子供の頃から団体行動が苦手で、学生時代は部活にも入らないような天邪鬼でした。大学卒業を控えた就職活動の際も、いわゆる大手企業を避け、同級生たちとは違う道を選びました。日本経済史の講義で「企業の寿命は30年」と耳にしたのがとても納得のいくものだったので、終身雇用や年功序列はいずれなくなる、「就社」ではなく「就職」しよう、と心に決めたのです。

一生ひとつの会社に勤めるという安定性は求めませんでした。自分が好きなこと、やりたいことを考えた末、マーケティングやブランディングに興味がありましたので、新卒で就職したのはファッションビルを運営する「パルコ」でした。イベントプロデューサーとして広告・宣伝など広範なマーケティング活動にかかわる仕事でした。パルコのビジネスパートナーであるテナントは大手ファッションブランドから個人商店主まで様々なうえ、イベントの際には一筋縄ではいかない(常識を超えた感性を持った)芸術家との交渉も必要だったため、ある意味で多様性を身を持って学びました。

当時はまだ社員数も多くなかったので、若手にもかかわらず多額の予算と大きな責任を任されましたが、それなりに失敗もしました。自由闊達な企業風土の中でトライ&エラーが許されたのは貴重な経験でしたし、そのような機会を与えてもらったことに今も感謝しています。

パルコはデベロッパーとして街づくりも担っており、バブル時代には海外での仕事にも携わるようになりました。現地のパートナー企業との折衝の中で、日本人は情緒的に『落としどころ』を探るが欧米人は論理的に意思決定する、という違いを目の当たりにしました。論理的な意思決定のプロセスを追求したくなり、また「就社」ではない「就職」の次のステップのため、年齢的には30代になっていましたが、一念発起し、妻をともない米国へMBA(経営学修士)留学する決心をしました。

同調の圧に流されず、自分を決め付けず

MBA取得後、日本に戻り外資系の経営コンサルティングファームに入社、35歳にして経営コンサルタントして新たなキャリアを歩むことになりました。「パルコ出身」という経歴がよほど異色なのか、自己紹介のたびに驚かれたものですが、パルコ=斬新な広告で流行を生み出すというイメージからか、「岸田はマーケティングやブランディングにたけている」というイメージを持たれました。そのおかげで、自動車メーカーのプレミアムブランド戦略プロジェクトにかかわることになり、次第に自動車関連業界の経営コンサルティングの仕事が増えました。

同様に、ファッションブランドの経営コンサルティングや消費財メーカーの商品開発などにも関わるようになりました。一見、無関係に思える「パルコ」と企業の経営コンサルティングが、自分の職業人生においては「マーケティングとブランド戦略」を幹とした枝葉の一部となっているのです。他人と違うからといって同調の圧に流されないことが「幹」をつくり、自分をこういう人間だと決め付けないことで「枝葉」となる様々な分野に挑戦してきました。

まるで、「わらしべ長者」のように機会に恵まれてきたわけですが、もちろん、それに応えるべくアンテナを張り巡らせて研さんしてきたのは言うまでもありません。

岸田雅裕
A.T. カーニー日本代表。1961年生まれ。松山市出身。東大経済学部卒。ニューヨーク大スターン校MBA修了。パルコ、日本総合研究所、米系及び欧州系コンサルティングファームを経て、2013年A.T. カーニー入社。著書に『マーケティングマインドのみがき方』『コンサルティングの極意』(ともに東洋経済新報社)など。

この連載は日本経済新聞土曜朝刊「企業面」と連動しています。

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