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本書は2011年に出版され世界的ベストセラーになりました。著者であるロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットン氏は働き方の未来にとりわけ大きな影響を及ぼす5つの要因として「テクノロジーの進化」「グローバル化の進展」「人口構成の変化と長寿化」「社会の変化」「エネルギー・環境問題の深刻化」を挙げ、2025年を想定した働き方を示唆しています。

A.T. カーニー日本代表 岸田雅裕氏

A.T. カーニー日本代表 岸田雅裕氏

私が特に注目したのは「仕事のやり方に変化が起きるとき、その中核には必ずエネルギーの変化がある」「イギリス人の仕事のあり方に本当のシフト(転換)が起きたのは、19世紀の中盤~後半の第2次産業革命の時代だ」という部分です。

ドイツが推進するインダストリー4.0(第4次産業革命)はそもそも製造業の高度化を目指す国家プロジェクトですが、今や北米や日本でもその考え方が広まっています。本書は「今回はコンピュータのデータ処理能力が新しいエネルギーだ」と指摘。産業革命は消費や富の獲得への強い要求を生み出しましたが、テクノロジーの進化とグローバル化の進展は私たちの仕事に対する意識をどう変えるのかと問題提起しています。

本書が出版されてから今日にいたる6年の間にテロの脅威やポピュリズムの台頭などグローバル社会のひずみが生じてきています。著者の鋭いところは、「トーマス・フリードマンは著書『フラット化する世界』で世界がフラット(平たん)になりつつあると主張したが、むしろ世界はデコボコになっていく」と、グローバル化に警鐘を鳴らした点です。さらにトロント大学の都市経済学者リチャード・フロリダ氏の「ごく一握りの地域が世界経済のけん引役になる。高い能力をもった人材が一部の土地に集中する傾向が強まる」という意見も紹介しています。

世界がグローバル化から島国化へ向かっている中、我々も働き方、ひいては社会との関わりをいま一度見直す必要があるのです。

一度手にした個人の自由をわれわれは簡単に手放さない

2016年後半、最も世界を驚かせたのは、ドナルド・トランプ氏が米国の新大統領に選出されたことではないでしょうか。就任直前の昨年末から今年にかけてはオンラインメディアのみならず、新聞やテレビなどのいわゆる従来型マスメディアまでがトランプ氏のツイッターの投稿に振り回されました。そんな様子を私は、ちょっと距離を置いて眺めていました。私自身、米系企業の日本における経営者ですので、もちろん米国の知人や同僚たちの懸念の声はいろいろ聞こえてきましたが、未来のシナリオについて考察するいい機会ではないかと思いました。

われわれが今向かっている、あるいは真っただ中にいるインダストリー4.0のエネルギーは、テクノロジーです。その代表的で最も身近なものの一つであるインターネットを通じて、個人が(玉石混交とは言え)自らの意見を世界に発信し、共有することが容易にできるようになりました。ポピュリズムが台頭し、「島国化」を唱える極右勢力により個人を内向きに封じ込める方向に世界が動いたとしても、一度手にした個人の自由をわれわれは簡単に手放すのでしょうか?

たとえば米国の場合、保護貿易主義に傾いたところで、一時的に白人労働者層の留飲を下げることはできても、自らの高い人件費によりコスト高となる商品やサービスが価格に反映されることになれば、彼らの暮らしは今よりもっと悪化するでしょう。短期的にバブル景気を迎えたとしてもすぐに破綻すると思われ、トランプ政権の経済政策「トランポノミクス」は結局うまくいかないのでは、と考えています。つまり少々のセットバックはあっても、長期的にはテクノロジーを武器に、これまでの企業や国といった境界を越えてつながってきた国際社会において、個人の力が発揮できる方向は変わらないように思うのです。

次に来る時代の波、「ギグエコノミー」

さて、本稿のテーマである「働き方」に話しを戻しますと、テクノロジーの進化が「働き方」を変える、というのはまさに本書の中で述べられているとおりですが、働き手であるわれわれ自身も考え方を変えていかなければなりません。日本でもIT(情報技術)業界などではリモートワークや超フレックスタイムを導入する企業が出てき始めました。過労死が社会問題化するなか、次に来る波はワークシェアリングや、ギグエコノミーでしょう。「ギグ(gig)」については後ほど事例を挙げて説明します。

「終身雇用だから、よっぽどのミスをしない限り安泰。皆いっしょに会社に出社して働き、残業もいとわない」という、戦後、日本が一億総中流社会を目指してつくりあげられたひな型が常識ではなくなるかもしれません。

欧米の例ですが、コンサルティング業界においてもその変化の風は吹き始めています。

英経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)によれば、英国で現役および元コンサルタント359人にアンケートを行ったところ、7割以上が今後、独立自営業のコンサルタントは増えるだろうと回答したそうです。興味深いのは、ここでいう「コンサルタント」とは、いわゆる怪しいたぐいの自称コンサルタントではなく、大手経営コンサルティングファーム出身の「経営コンサルタント」を意味している点です。

経営コンサルタントは、医師や弁護士、会計士らと違い国家資格を必要とする職種ではありませんが、それぞれ組織改革や金融などの専門領域を持ち、百戦錬磨の経験を積んでいます。成果を出してこそ、顧客から信頼されるアドバイザーとして高い報酬を得るわけですから、高度専門職として誇りを持って仕事をしているわけです。

組織に縛られず、自分の意思でON・OFFと切り替える柔軟性

同紙の記事では、このように大手経営コンサルティングファームから独立した自営業のコンサルタントを「ギグコンサルタント」と呼んでいます。「ギグ」とは主に音楽業界で用いられる言葉で、定期的にではなく一度だけ行われるコンサートなどを指します。このギグコンサルタントとしての「働き方」の特徴は、組織に縛られず、プロジェクトの規模の大小にこだわらず、仕事のたびにスイッチを自分の意思でON・OFFと切り替えること。その柔軟性が、フリーランスとして収入が不安定であることを差し引いたとしても若い世代の間で魅力的なのだそうです。

英国国家統計局の推定によると、現在英国ではおよそ480万人(労働人口合計の15.1%)が自営業者で、2010年の400万人から増加しています。米国でも、15年には労働者の15.8%がフリーランスや臨時職員という雇用形態に従事しており、05年4月の10.1%よりも増加しています。

日本では昨年末に、政府が「働き方改革」として正社員の副業や兼業を後押しし、企業が就業規則を定める際に参照する厚生労働省の「モデル就業規則」から副業・兼業禁止規定を年度内にもなくし「原則禁止」から「原則容認」に転換する意向であるという報道がありました。

個人が以前よりもたやすく自らのスキルを収益化できる半面、多くの国では被雇用者や福祉給付金はいまだ伝統的な雇用者(正社員)としての地位と結び付けられているのが課題となっていることも付け加えておきましょう。

岸田雅裕
 A.T. カーニー日本代表。1961年生まれ。松山市出身。東大経済学部卒。ニューヨーク大スターン校MBA修了。パルコ、日本総合研究所、米系及び欧州系コンサルティングファームを経て、2013年A.T. カーニー入社。著書に『マーケティングマインドのみがき方』『コンサルティングの極意』(ともに東洋経済新報社)など。

この連載は日本経済新聞土曜朝刊「企業面」と連動しています。

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ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

著者 : リンダ・グラットン
出版 : プレジデント社
価格 : 2,160円 (税込み)

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