老いて導き出す希望 日経小説大賞『姥捨て山繁盛記』
受賞者、太田俊明氏と3選考委員が座談会
第8回日経小説大賞(日本経済新聞社・日本経済新聞出版社共催)の授賞式が2月22日、東京・日経ホールで開催、一般公開された。贈呈式に続く座談会では、「姥(うば)捨て山繁盛記」で受賞した太田俊明氏と、選考委員の辻原登、高樹のぶ子、伊集院静の3氏が、受賞作や小説の執筆をめぐって話し合った。(司会は編集委員 宮川匡司)
司会 なぜ、この賞に狙いを定めたんですか。
太田俊明氏 社会人になってから日経をずっと愛読していて、愛着や信頼感を持っていたのが一つ。本当ですよ(笑)。それから選考委員の先生方が私より年上ということもあります。
高樹のぶ子氏 これからは、読むのも書くのも、成熟した世代になるのではないでしょうか。
司会 60歳で会社を辞めたのですね。今は65歳まで働けると思いますが。
太田氏 65歳からチャレンジして賞をもらっても後がないな、と。
伊集院静氏 最後までムダない、俯瞰する目が抜群
司会 なるほど。ギリギリの選択だったわけですね。それでは、受賞の理由を伺ってみましょう。
伊集院静氏 新人の場合、長編では全体の構成の波とキャラクターの付け方でバランスを失うことが多いが、受賞作はバランスが非常に良かった。導入部から最後までムダがない。山の上と下で物語が展開する構造で、全体を俯瞰(ふかん)して見る作家の目がある。その点が群を抜いていた。
高樹氏 たくさんのテーマが入っています。認知症、自然災害、ダム建設、父と娘、組織と個人、都会と地方……。病や自然と必死に闘う主人公に、共感と感動を覚える仕組みです。しかも、闘っているのに、どこか楽観的で、読んでいて心地よかった。前作に比べて多様な対立構造があり、見事だと感じました。
辻原登氏 展開ドラマチック、建築物のよう
辻原登氏 自然災害をダイナミックに描いたことですね。昭和35年に山梨県穂津村を土石流が襲う描写から物語が始まる。生き残った少年が大人になって村に戻り、ラストで大災害から村を救うために死んでいく。この枠組みが非常に力強い。登場人物の配置の仕方が実にうまく、ドラマチックに展開して、見事な建築物を見るような構造になっている。ここが一番、優れています。
司会 「姥捨て山繁盛記」というタイトルの理由は。
太田氏 捨てられた年寄りがガッカリして周りを見たら、先に捨てられた年寄りが大勢いてワイワイにぎわっている。最初はそういうイメージで書こうと思ったんです。それだと膨らまないので、ダムなどの要素を入れているうちにタイトルと乖離(かいり)してしまった。
辻原氏 「姥捨て山」としておいて、そうじゃないと反転させることで、タイトルが生きる。ユーモア、アイロニーを感じます。
高樹氏 辻原さんがおっしゃるように、さあ、捨てられた姥たちはどうしますか、というユーモアを感じましたね。
司会 主人公の尻をたたいて、一人娘が新たな生き方に導く。この親子関係をどう見ましたか。
高樹氏 老人を社会のお荷物にしないためには、ムチをもってとことん働かせた方がいい。老人にさしかかっている人間として、実感します。これが今の親孝行の姿ですね。
辻原氏 主人公は妻を亡くしている。そこに家族の問題が浮き上がり、親子の世界が描かれる構図です。
伊集院氏 さっき気がついたんですが、主人公は年齢はいっているのに、若い感じがする。多分、ご本人も63歳だけど、自分が老人という考えはないと思います。書いている本人がみずみずしいと、作り上げるキャラクターも当然そうなる。司馬遼太郎さんが「竜馬がゆく」を書いたのは、一番元気なときだもの。
司会 小説はダム建設で揺れる過疎の村が舞台。主人公は第二の人生で東京から地方に移ります。
辻原氏 東京と限界集落という中央と地方の関係。さらに、山の上と下がある。山の上には新しくつくられた、利権がいっぱい絡んでいるけれど素晴らしい施設がある。下には、ダムの底に沈む予定の村がある。これが「姥捨て村」と呼ばれていて、そこに行くことで主人公が救われる。つまり中央と地方、上と下の関係が立体的に組み合わさっている。
高樹氏 高い、低いとがあるのは、ドラマ作りに大事な視点です。
辻原氏 主人公が山の下に降りたとき、水の中に入ったかのように頭上に船底を見る描写が、全く説明されないまま出てくる。できればそこを聞いてみたい。パクってみようかなと思っているんだけど(笑)。
太田氏 この小説はファンタジーのつもりで書いたところもあります。下の村はいつか水の底に沈む運命にあり、ある役割を負った人にだけ水面が見える。
高樹氏 私はスキューバダイビングをやっていたので、ここはダイバーになった気がした。世の中は、見る場所によって変わる。すごく面白く読みました。
伊集院氏 そういうのは、あんまり人に説明しない方がいいですよ。わからないところはわからないままに、そんなこともわからないのかというぐらいで小説にしておく。人はそれを深味(ふかみ)ととる。選考会でも、このシーンはすごく話題になったんですよ。良い小説は、基本的にわからないところがなくてはダメです。
司会 このへんで一息入れましょう。太田さんは東京六大学野球の東大野球部に所属していたそうです。
太田氏 作新学院から法政大学に入った江川卓が1年後輩で、神宮が盛り上がった時代ですね。
司会 今日は当時のキャプテンがいらしています。
高橋春樹氏 野球部同期の高橋春樹と申します。太田さんは、一言で言うと、大した選手じゃなかった(笑)。でも、試合には結構、出ていました。見ての通り、ちょっとハンサムで、優しいので、同期で彼が一番もてました。
伊集院氏 女にもてたという後輩ができて、私は肩の荷が下りたなという感じ(笑)。それはさておき、祈りのようなものが見えるのが、作品の良さだと思います。奥様を亡くされたのは、去年の4月でしたね。祈りが見えるのは、この人の体質のようなもので、何を書くかより大事。そういう小説は強いです。
司会 前回の応募作は、社会人駅伝で活躍する天才ランナーの話でした。スポーツ体験は創作に生きていますか。
太田氏 スポーツ小説は、弱小チームが頭を使ったり、猛トレーニングをしたりして、強いチームを倒すのが醍醐味です。その意味では、東大野球部の経験が生きているかと(笑)。
高樹のぶ子氏 「大人の野蛮」期待、闇を膨らませて
高樹氏 肉体感覚と達成することの喜びを、本質的にお持ちの方だと思います。最後に大団円で成功して終わるというパターンになるとつまらないから、敗者の祈りをこれから書いていかれるといいと思いますね。スポーツ人をノンフィクションで扱うと、生き生きとは描けない。闘いの体験、身体感覚の面白さは、フィクショナルな想像力があって、ようやく魅力的になることを覚えておいてほしいと思います。
司会 今後の応募作に期待することは。
高樹氏 キーワードは「大人の野蛮さ」。きちんと出来上がって完結した世界は、読んで面白くない。自分に正直に書いていくと、どんどん闇が膨らんでいくもの。それが増殖してわけのわからないものになっても、選考委員は選ぶ力がありますから、野蛮なものを提供してほしいです。
司会 太田さんへのエールをお願いします。
辻原氏 野蛮で極上の恋愛小説と、野球小説を書いてほしい。だげど、これは大変だ。
高樹氏 魅力的な人間を1人作り出し、その中に入り込んで、表も裏も書いてもらいたいです。
伊集院氏 野蛮な恋愛小説も、野球小説も、1人の主人公もやめといたほうがいい(笑)。早くもう2冊書いて。
高樹氏 省略を効かす、ということを頭の片隅においておくと、クオリティーが随分上がると思います。
太田氏 はい、わかりました。
司会 太田さんは去年の4月末に、30年以上連れ添った奥様を病気で亡くされました。失意の底で、奥様が楽しみにしていた作品を書き上げて応募されたそうです。これからの太田さんの活躍を心からお祈りして、座談会を終えたいと思います。
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受賞者、太田俊明氏 定年後の新人にエール遅れれば
私は60歳で会社をやめて小説を書き始めました。日経小説大賞に的を絞り、1年に1作のペースで65歳までチャレンジすると決めていました。幸い、63歳で受賞することができました。
63歳は歴代受賞者の中で最高齢、60歳を超えるのも初めてということです。それでも、私と同じように定年まで勤め、第二の人生で作家を志す方はたくさんいらっしゃると思います。
昨年、私はこの会場で、選考委員の方の話を手帳にメモしながら聞いていました。そういうオールドルーキーを目指す方の先を照らすささやかな明かりになれるように、これからも精進して、いい小説を書いていきたいと思っています。
最後に、評価いただいた先生方、ありがとうございました。そして受賞の知らせを聞くことができなかった亡き妻に感謝の言葉を届けたいと思います。
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第9回日経小説大賞 来月受け付け開始
◇応募資格 日本語による自作未発表作品。新人に限らない。二重投稿は失格(他の文学賞で公表された最終候補作も応募不可)。
◇枚数・応募方法 400字詰め原稿用紙300枚から400枚程度。1200字以内の内容要約文と題名、枚数、氏名(筆名の場合は本名も)、住所、電話番号(メールアドレス)、生年月日、現職、略歴を明記した別紙を必ず添付してください。ワープロ原稿の場合、A4判用紙に縦書きで印刷し400字詰め換算の枚数を明記のこと。原稿用紙もしくは印刷用紙での郵送に限ります。
◇応募受け付け・締め切り 2017年4月1日受け付け、6月30日締め切り(当日消印有効)。
◇宛先 〒100-0004 東京都千代田区大手町2-2-1 日本経済新聞出版社「日経小説大賞」係。
◇発表 2017年12月の日本経済新聞朝刊。同年10月に最終候補作を発表します。
◇賞金 500万円。受賞作は単行本化。
◇注意事項 応募作品は返却しません。選考に関する問い合わせには応じられません。受賞作の出版権、映像化権などの二次的権利はすべて日本経済新聞社と日本経済新聞出版社に帰属します。
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