お取り寄せに乗り切れぬ、不器用なお店も一興
立川談笑
東京から沖縄に向かう飛行機の中で、これを書いています。昨日(1日)は昼まで熊本にいましたよ。ひたすらてくてくと歩いて旅をした時代を思えば、まるで天狗(てんぐ)様にでもなった気分です。時速725キロメートルの速度で移動しながらお送りする今回のテーマは「お取り寄せ」。
目の前のモニターには高度9750メートル、外の気温はマイナス45℃と表示が出ています。そうかそうか。ではここでなぞなぞです。
「高くなると低くなるもの、なーんだ?」
答えは、この段落の最後に。我ながら不思議なテンションです。話が散漫ですみません。気を取り直して話を進めます。つい先日、マイナス55℃の世界を体験したのです。それはマグロ用の冷凍倉庫。あれは寒かった。一般の冷凍倉庫は何度も入ったことがあって、そっちはマイナス20℃程度。55℃はすさまじかった。つまり、内と外の気温差が60℃以上もあるのです。2枚のドアを通ると、いきなり酷寒の世界。完全防寒態勢でも5分と入っていられませんでした。また5分と限界時間を決めたところで、計測手段にまた困るのです。瞬時に液晶パネルが凍り付くからストップウオッチが役に立たない。もちろんスマートフォンはぶっ壊れてしまうので持ち込み厳禁。
(なぞなぞのこたえ。「天井」)
テーマはお取り寄せ。ここの冷凍マグロがおいしかったのです。しかも安い。冷凍たってバカにしたもんじゃありません。冷凍ものは水っぽいと思っているのは、たぶん解凍が上手にできていないから。手間を惜しまずに解凍することで、生のマグロに近いクオリティーを再現できるといいます。
「そりゃ、生マグロの方がおいしいですよ。でも冷凍だっておいしいとわかってほしい。まだまだ誤解があるんです」
とは関係者の弁。うん、正直で好きだぞ。
そんなマグロの解凍方法。(1)塩を加えたぬるま湯の中でぐるぐるして少しとかす。(2)水でさっと塩気を洗い流す。(3)キッチンペーパーに並べて上からもペーパー。(4)ドリップ(水気)が収まるまでペーパーを新しく交換する。正確で分かりやすい解凍手順は、解説書も添付されているしウェブでも確認できます。
この会社では冷凍マグロを丸い魚の形のまんま仕入れて、冷凍のままカットしていわゆる「サク」の形状にしてスーパーなどに出荷します。この過程で出る、「質はいいのに商品としては出せない」ものが、やけに安くておいしいものです。私のお勧めは「中おち」。「ネギトロ」用もおいしかった。
この会社「東水フーズ」は千葉県船橋市にあります。社食の一部を一般開放した食堂が人気です。赤身、ヅケ、ネギトロの3色マグロ丼(600円)を私も食べました。うまい! やすい! 量、多い! 都内なら1000円以上の価格でも十分に満足するほどの丼でした。驚きのコストパフォーマンスです。こちらでは専門の通販サイトに商品を提供しているのでそれを利用するのもいいのですが、もっとお勧めなのはこの食堂の中の売店、というか販売コーナーで直接購入すること。通販に出ていない商品がどっさりあります。私が興奮しながら買ったのが、中落ち、ネギトロ(6袋)、タラコ、メンタイコ、松前漬け。持ち帰れないから必死でセーブした結果です。
「おいおい、持ち帰るんだったら、『お取り寄せ』じゃないだろう!」という声が9750メートルの上空まで聞こえる気がしました。ふむ。この売店でたくさんしたお買い物は大きな発泡スチロールの箱にドライアイスとともに入れてくれます。すぐ隣に大手運輸会社の配送センターがあるので、そこから自宅に発送する。そういうお客さんが多いんだそうです。言うなれば、半お取り寄せ。ちょっと不便。最近はやりの「お取り寄せ」紹介本なんかに登場しないものをご案内しようという構えだということです。ご理解いただけたでしょうか。そろそろ奄美大島を通過しました。ノートPCのバッテリーがやばいなあ。
年末になると食堂スペースがそっくりお正月用食品売り場になって、それはそれは大混雑だそうです。行ってみたい。
お取り寄せ、通販とは便利なものですが、その便利さに乗り切れていない人々に注目したくなるのです。性分でしょうか。小手先でチャッチャとお金もうけできてしまうクレバーな起業家の皆さんより、不器用ながら実直なおじさんやおばさんの応援をしたいですねえ。
そろそろ着陸態勢。座席のテーブルが使えなくなりました。山形県の東根だとか天童あたりの「さくらんぼ」の通販も良かったなあ。ちょうど時期でもあり、お中元で使わせてもらいました。最高級の「佐藤錦」が市価の半値といえるくらいの安さ。さくらんぼ農家のおじいちゃんにお願いするのだけど、FAXでしか受け付けてくれないんです。
「果物は、冷やさずに常温で食べるのが一番おいしいんだよ」
と教わりました。冷やしちゃいます。おじいちゃん、ごめん。
私が本気で取り寄せているのは、海苔(のり)です。一度週刊誌でも紹介しました。談志が住んでいた上野の根津にある「今井園」さんの海苔は近くに立ち寄ったときには店頭でも買いますし、発送もしてもらいます。香りや風味はもちろんですが、何より「口どけ」がいい。ラーメンなんかに入れようものなら、しっかりした厚みがあるのにすぐ溶けてなくなっちゃう。
不器用なお店です。確かメールで注文は受け付けてもらえるけど、その後に振込用紙でやり取りをした記憶があります。今はどうなってるんだろう? Webで調べてみたら、現在はホームページは改装中でメールも不可。電話でのご注文だけお受けしていますとのことでした。やっぱりー!
そしてあるときの話。お店にうかがうと、いつもの棚に普段よりずっと高価な海苔が目につきました。そこのおばあちゃんに
「じゃあ、今日はあっちの方をもらっていきます」
って言ったら、
「いつものこっちで十分おいしいよ」
と止められました。
指先ひとつで手軽に何でも買える「お取り寄せ」。見ようによっては味気ないものですよ。そこになんとかして心を通わせたいじゃないか、とは、きっと生産者も思い悩むところじゃないのかなあ。
よーし、那覇とうちゃく!!!
☆ ☆ ☆
次回は「肉。肉。肉。」。笑二、頼むよっ。
(次回、3月12日は立川笑二さんの予定です)
<今後の予定>吉笑(二ツ目)、笑二(同)、笑坊(前座)の弟子らとともに開く一門会は3月29日、4月28日の予定。独演会は3月18日、4月5日の予定。
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