「経営者は攻殻機動隊から学べ!」 夏野剛氏
編集委員 小林明
世界的に人気の高いSF漫画・アニメ「攻殻機動隊」に描かれているテクノロジーを現実世界で具体化しようというプロジェクトが産学一体で進んでいるのをご存じだろうか?
「攻殻機動隊 REALIZE PROJECT」――。多脚戦車「タチコマ」に着想を得たコミュニケーションロボット、義体(サイボーグ)技術を生かした身体防御スーツなど作品に登場する様々なテクノロジーを応用した挑戦が動き始めている。
■想像力と創造力を学べ、攻殻機動隊は教科書
「『攻殻機動隊』は近未来の社会で使えそうな技術やヒントがぎっしり詰まった格好の教科書。日本の経営者は『攻殻機動隊』を見て、想像力と創造力を学ぶべきだ」。慶応大学(政策・メディア研究科)特別招聘教授の夏野剛さんはこう力説する。
実際にどんなヒントが隠されており、どんなテクノロジーが具体化に向けて動いているのか? 空想世界から現実世界に応用されつつあるテクノロジーの最新事情を紹介しよう。
「攻殻機動隊」は1989年に士郎正宗氏が発表した漫画が原作。舞台は科学技術が飛躍的に発展した21世紀の日本。脳の神経回路に素子(デバイス)を直接接続する「電脳技術」、義手・義足にロボット技術を付加した「義体(サイボーグ)技術」が普及し、生身の人間、電脳化した人間、サイボーグ、アンドロイド、バイオロイドなどが共存している。そんな近未来社会でサイバー犯罪などと戦う内務省直属の公安警察組織「公安9課」(通称=攻殻機動隊)の活躍を描いた物語だ。
1995年に劇場版アニメ映画「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」(押井守監督)、2002年にテレビアニメ「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」(神山健治監督)が公開。小説、ビデオゲーム、スピンオフ漫画など派生作品も次々に誕生し、映画「マトリックス」にも大きな影響を与えたとされる。今春には米国の人気女優スカーレット・ヨハンソンさんやビートたけしさんらが出演する実写版のハリウッド映画「ゴースト・イン・ザ・シェル」も世界公開される(日本公開4月7日)。
■ドコモ時代にiモード開発、夢を語ると干される日本
「89年に原作を読んだときにはインターネット社会の到来を予言する電脳技術やロボット技術を応用した義体技術が盛り込まれていて仰天した。劇場用アニメ映画が公開されると世界がさらに驚いた」と夏野さんは振り返る。NTTドコモ時代に夏野さん自身が世界初の携帯電話向けインターネット接続サービス「iモード」を開発した際、参考にしたのも「攻殻機動隊」だったという。
「日本の大企業では夢やビジョンを語っていると干されてしまうケースが少なくない。経営者はSFや漫画・アニメをバカにして読んでいないから発想が貧困。アップルを設立したスティーブ・ジョブズはSFや映画が大好きだった。そこが日米の力の差。『和をもって貴しとなす』という協調重視の経営も大切だが、驚くような想像力と創造力を生かす経営がもっと必要ではないか」と説く。
■多脚戦車「タチコマ」――育てたキャラが接客サービス、通信型ロボットも
「攻殻機動隊 REALIZE PROJECT」ではどんな技術が具体化に向けて動いているのだろうか?
一部を抜粋して紹介しよう。まずは人工知能を搭載し、自ら思考する多脚戦車「タチコマ」に焦点をあてた技術。
各ユーザーがスマホアプリで独自に育てたキャラクターと店頭のコミュニケーションロボット「タチコマ」(2分の1サイズ)を連動し、来店したユーザーを接客させるという研究が進んでいる。昨年末から今年初めにかけて東京と大阪で実証実験した。自分が育てた「タチコマ」と店頭で実際に対面できるという仕組み。ロボット開発会社のkarakuri products(東京・中央)などが取り組んでおり、経済産業省も支援している。
このほか電動による自立歩行、または車輪による走行機能を基本にスマートフォンやインターネットと連携できる8分の1サイズのロボット「タチコマ」の開発も進んでいる。家電ベンチャーのCerevo(東京・文京)が研究に取り組んでおり、今春にも発売する予定だという。
■「義体」――身体防御スーツ、臓器設計技術……
「義体」の技術開発も進んでいる。
筑波大学の学生チーム「シフト」が考案したのが人工筋肉を用いた「身体防御スーツ」。危険が差し迫ったときに空圧式で人工筋肉を膨らませて外部からの衝撃を吸収・拡散させる仕組み。また横浜市立大学の小島伸彦研究室の「臓器設計技術」も大きな関心を集めている。生体の機能や構造を備えたミニチュア臓器を試験管の中でつくるという研究で、生体には存在しない高機能・新機能をもった臓器の開発にも取り組んでいる。
これらは「攻殻機動隊」をヒントにした技能やアイデアを競うコンテスト「ハッカソン」で発表された研究。「攻殻機動隊 REALIZE PROJECT」事務局の統括顧問/事務総長、武藤博昭さんによると、「電脳」「人工知能」のソフト面、「義体」「ロボット」のハード面、さらに「サイバー空間」などの都市・環境面でそれぞれ技術を育てていきたいという。
これ以外にもサイバー攻撃対策技術などを競うコンテストも実施している。
■中国企業からの参加断る、日本のものづくりを元気に
昨年11月には中国・深圳の企業集団から「攻殻機動隊 REALIZE PROJECT」に参加したいとの打診があったそうだが、「あくまでも日本発の技術を通じて具体化するのがプロジェクトの目的なのできっぱりと断った」と武藤さんは言う。
「攻殻機動隊」は原作者の士郎正宗氏を中心に劇場向けアニメ映画、テレビアニメ、続編など様々な派生作品を許容したことで「パラレルな世界が共存する集合知になった」。劇場版アニメ映画「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」などのプロデュースを手掛けてきた石川光久さん(プロダクション・アイジー社長)はこう指摘する。
漫画・アニメは、日本の文化をソフトパワーとして世界に発信する「クール・ジャパン戦略」の屋台骨を支える重要コンテンツ。「日本の製造業はやや元気を失っているが、活力を取り戻すための有効なアイデアや発想が漫画やアニメには詰まっている。これらを生かせば、日本のものづくりはまだまだ元気になれるはず」と夏野さんは訴えている。
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